第836話_続報

「王様達は、マディスの王都が少し落ち着くのを待っていたみたいだね。女王からの提案で」

 つまり私とカンナの予想通りだった。

 マディスに入れている間者からの報告によると、しばらくは魔物の大群が王都周辺で暴れていたものの、ここ数日で、小康状態に入ったとのこと。

「小康状態って……魔物が掃討できたから落ち着いたわけじゃないの?」

「うん、森の方に進軍したら、威嚇するみたいにまとまった数が出てくるらしい」

 だからまだ魔物の大群も、それを指揮する存在も、森の中に居ると考えられている。そうして双方が侵略を牽制し合う形で、大きな衝突は現在止まっている。

「森の中に、何かあるのかしら」

「魔族さんかな? 護衛してるのかも」

 その『魔族さん』って可愛いな。そんな愛らしいルーイの指摘は『分かり易い』し、現状を考えると誰もがそう考える。――そう、誰もが。

 狡猾なあの魔族が、果たして安易に私達の想像通りに動くものだろうか。難しいところだ。私は「さてねぇ」と曖昧な相槌で誤魔化した。

 何にせよ王様達はその状況の報告を受け、いよいよ動き出すことを決めたようだ。

「既に女王を連れて、ウェンカイン王国内を移動してるってさ」

 コルラードを含めた精鋭達を護衛として付け、国境に向かっている。マディス王国内が落ち着くのを待ってから移動をしたら機を逃すかもしれないと、早めに行動はしていたのだろう。二国間の契約内容が固まった時点で、即座に移動は始まっていたそうだ。

「女王様、連れて行くんだね……」

「そりゃねぇ、連れて行かないと、こっちの軍がマディスの王都は勿論のこと、国内にすら入れないんじゃないかなぁ」

 捕まえた二十六名の誰かでは流石に、敵国の軍を引き入れるには弱いだろう。

 まあ女王本人が居ても『どうしてウェンカイン王国側に居るんだ』となりそうだが……何にせよ、どうにかして彼女にマディス王国内はまとめてもらわないと、ウェンカイン王国側が動きづらいからね。

「一時的に協力するとは言え、元は敵国だものね」

「そういうことだね」

 融通を利かせるにしても限界があるってことだ。

 まあ、そもそも自国のことを敵国に丸投げして自分は安全なところで待っているだけ、という手を取るのもどうかと思うし、妥当な話だと思うよ。

 ちなみに、侵入者として捕縛していた二十六名の内一人だけ、女王と共に連れているらしい。

 本来彼らはこの国にとって罪人だから、お金と引き換えの返還になる予定で、解放するべきじゃない。だけど女王を長く一人きりにさせて精神的な負荷が掛かると困る、という配慮のようだ。

 その辺りは女王側も理解していて、残り二十五名の返還には、特例として解放されることになった一人を含めた二十六名分のお金を支払うことで合意したとのこと。

「彼らは今、北の駐屯地に向かってる」

 私が女王を連れ去るよりも前から、マディス王国とはひと悶着あるかもしれないって考えで、その駐屯地には兵が集められていた。最強と名高い白騎士団もそこに居るはず。

「合流して準備が整い次第、マディス王国の王都に向けて進軍する。……まあ、多少はタイミングを測るだろうし、合流直後に出発とは限らないけど」

 天候は勿論、進軍しようとした時にまた王都での魔物戦が激化してしまったら、再び待つという選択を取る可能性もある。

「王様からの、私への依頼は二つ。一つ目は、マディス王国内での、女王の護衛」

 ウェンカイン王国内の移動ではコルラードを含め他の兵らが女王の護衛に全力を尽くしているが、マディス王国内に入ってしまえば状況は不安定になり、女王の護衛だけをするわけにはいかない。ウェンカインから軍が向かってきていることに気付けば魔族が魔物らに強襲を指示する可能性もあるからだ。

 しかしマディス王国に侵入してから王都までの道のりは、最速で辿り着きたい。もたもたするほど、魔族側が有利になってしまう。

 ということで、マディス王国内での女王の護衛を私に任せ、その他のこと全てを軍が担って進みたいのだろう。

「二つ目は、魔族の討伐。これは私だけでやるわけじゃないけど、まあ、主力だね」

「……つまりマディスへの進軍開始から魔族を倒すまで、あなたは拘束されるのね」

「そういうことになるねぇ」

 だから今回は『二日で一回戻る』も難しそうだ。流石にマディス王国内で気楽に女王の傍は離れられない。女王を連れて逃げることは出来るけどね。守り切れないとなったらそれも手の一つとして、王様からも提案はされている。全くの想定外があったら女王を連れて逃げて、仕切り直すしかないだろうし。

「いつ行くの?」

「私はまだもうちょい先だよ。そもそも女王が駐屯地に着いてないし。順調に行っても到着まで、あと十日前後は掛かるって」

 マディスとの国境近くにある駐屯地まで、王都からそれなりに距離があるからね。軍だけならもっと早く着くんだろうけど、非戦闘員である女王を連れているから、適宜休息も必要になる。

「マディス王国に入ってから、王都まではどれくらい?」

「一日以内に王都に入るって言ってたよ」 

 前に地図も見せてもらったが、マディス王国は北部が山に覆われていて、人の住める土地が広くない。そもそもの国土もウェンカイン王国の三分の一くらいだから、『人の住める範囲』に限定したら五分の一くらいかもしれないな。しかも王都はかなり南部――つまりウェンカイン王国寄りに位置していて、結構近いのだ。

 とは言え、一日で着こうと思えば相当の強行軍となるだろうが。やはり王都の突入まで時間が掛かりすぎると、魔族側の準備が進むだけじゃなく、王都の状況も変わってしまうかもしれないから、スピード勝負だね。

「……なら、あなたの帰りが長くなるかどうかは、魔族戦が長引くかどうかね」

「あ~、いや、うーん、それは、どうかなぁ……」

 行軍日程、どういう意図での質問なのか分からずに答えてしまった。今の回答では、帰りが遅いほど、魔族戦が難航していると思われてしまうらしい。あまり心配をさせたくない私には、少し不都合な話の流れだ。

「時々、状況をモニカの所にメモで伝える……うーん、難しいこともあるとは思うけど」

 激しい戦いの真っ只中に居なくても、私は女王の護衛をしなきゃいけないから気を抜く隙が無い可能性は考えられる。

 だから私からの連絡が無くても、帰りが遅くっても。熾烈な戦いが続いているとか、私達が劣勢だからとかって理由とは限らない。そのようなことを丁寧に説明してみるが、女の子達は頷いても難しい顔を緩めなかった。

 ……今どんな予想を語っても、仕方が無いよな。何が起こるかは、まだ誰も分からないんだから。

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