第799話_遅い連絡

「――すぐ眠った?」

 寝室から出てきたカンナに、リコットが静かな声で問い掛ける。

「いえ……お疲れにしては、いつもより長かったように思います」

 二人が寝室に入ってから、既に三十分以上が経過していた。中々出てこないことを気にしていたものの、出入りすればその音や光でアキラを起こしてしまうのではと思い、様子を見に行けずにいたのだ。

「こっち来てから、ちょっと様子おかしいよね。不安定って言うか」

 リコットの言葉にみんなが頷いた。全員に同じ認識があったようだ。しかしアキラ自身にその自覚があるかどうかは分からない。

「原因は、魔族戦を控えていることの方だと思うのだけど……」

 王城から戻った翌日には、特に精神的な不安定さは見られなかった。何故か二度寝から起きないという異変を見せたくらいだろうか。けれど不思議なことに、スラン村に来てからが少しおかしい。妙に作業へのめり込もうとしているような、必死に考えを外に追い出そうとしているような雰囲気がある。……とは言え、この村がアキラにとってのストレスになるとは考えにくい。今のアキラにとって『ストレス』の原因を考えればやはり、控えている魔族戦のせいだというのが妥当だろう。

「前もそうだったけど、逆にこの村は落ち着くから、心が軟くなっちゃうのかもね」

「……それも、ありそうね」

 前回アキラが熱に倒れた時も、原因らしいものは何も無かった。カンナの予想では、彼女の中に溜め込まれた今までの心身ストレスが一気に出てしまったのではないか、ということ。事実、この村にいるアキラは別の街を歩いている時よりも少し幼くなり、気を抜いてる様子が多い。今回もそれに近い変化なのだとしたら、やや納得ができる説明だ。

「王様からの連絡、まだなんだよね? なんか、遅くない?」

 リコットが疑問を呈する。そのような情報の遅れが、アキラを日に日に不安にさせているのではないかと思ったからだ。

「長く敵国だったマディス王国に支援として出兵するのだから……調整に、時間が掛かるのかしら」

 この国からマディス王国へ進軍すれば、自国の民は勿論、マディス王国も周辺諸国も「戦争だ」と思いかねない。だから何か特殊な調整や伝達が必要なのではないか。そのように意見を述べながら、ナディアはちらりとカンナを窺った。結局、政治的なことは彼女が最も詳しいからだ。カンナは視線が自らに集中するのを静かに受け止め、瞬きを一つ。

「時期を『待っている』可能性の方が、高いかと存じます」

 意味が分からず、女の子達が揃って首を傾ける。カンナはゆっくりと頷いて、丁寧に説明を付け足した。

「某国は今、守っていたはずの女王が唐突に行方知れずとなった状態です。酷く混乱しているでしょう」

 話に聞く限り、マディス王国は『狂信的』な女王至上主義だ。血眼で捜索をしているだろう。また魔族の方も『女王が意図して逃亡した』と考えていたとしたら、首都を魔物らに襲わせている可能性があり、そちらの対応も余儀なくされる。

「その隙を突けるのならば、おそらく最善だったのですが」

 カンナは含みを持たせつつも続きは飲み込んだ。無理もない。あれはアキラが唐突に立てて実行した作戦だった為、ウェンカイン王国側に準備の暇など無かった。それでも、アキラを否定するような言葉をカンナが吐けるはずがなく。短い沈黙の中でその行間を正しく読み取って、女の子達は微かに笑う。カンナが小さな咳払いをした。

「今はむしろ混乱が少し収まり、膠着状態となるのを待つ方がリスクは低くなるのだと思われます」

「でも、近くの森に魔物が集まってるかもしれないんだよね? 長引くほど、首都の犠牲は増えるんじゃ……」

 ラターシャの疑問の言葉に、カンナも理解を示して頷いた。

「当初は私も、その点を考えて早く動くのではないかと予想しておりました。しかし此処まで連絡が無いとなると、待っている可能性の方が高いのです。……ともすれば、女王の方がそのように提案したのかもしれません」

 自らの国が危険な状態に陥っているのに、それを傍観して『待つ』選択をすることは、まるで見捨てているように聞こえる。ナディア達には理解ができなかった。しかしカンナは彼女らの思考を否定するように、ゆっくりと首を振る。

「おそらく、自信があるのでしょう。自らが人質となっていない限り、自国の民は魔物らの大群、軽く退けられるのだと」

 見捨てているのではなく、自国を信頼し、強い民らが戦況を安定させるのを待っている。そのようにカンナは予想した。

「巨大魔道具を、覚えていらっしゃいますか?」

「……フォスターの別邸にあったものね」

「そういえば、あれってマディスから提供されたものだっけ」

 以前もこのように女の子達の間で話をしていた。もしもマディス王国側に、あの巨大魔道具が幾つも用意されていたら、ウェンカイン王国を容易く落とせるだけの戦力になるのではないかと。

 その仮説を今回の件に当てはめて考えれば――内部へ隠れてしまった魔族には使えないのだろうが、『森からくる魔物の大群』のような目立つ敵には、絶対的な威力でもって対応できるかもしれない。

 ようやく、カンナの予想に理解が追い付いた女の子達は少し感心したように息を吐く。

「だとしたら、……女王を人質にさえ取られなければ、マディスはこの国に助けなんて求めなくても戦えていたのでしょうね」

「むしろ魔族にとっての脅威は、マディス王国だったのかもしれません」

 つまり、魔族の本来の目的はウェンカイン王国を弱体化させることではなく、マディス王国をまず掌握すること。加えてウェンカイン王国を弱らせつつ、二国に戦争でもさせてしまえば、両国に大きな損害が出る。そうなれば二国共に目障りと思っていた魔族側には最高の結果となるだろう。

「アキラちゃんのあの無茶な作戦が、実は最善だったのかもしれないのかぁ……」

 女王の寝室へ直接侵入して本人を攫ってくるという、全員が真っ青になる作戦。もし、単純な戦力でならマディス王国が魔物らを圧倒できる場合。足枷となっていた女王を真っ先に救助したことは、『あの作戦しかなかった』と言えるほど、人類側を圧倒的に有利に導く最適解だったのかもしれない。しかしそう呟くラターシャの声は、明るくなかった。

「……アキラには伝えたくないわ。同じ無茶をされたくないもの」

「間違いないねー。あれ肯定するのは怖すぎる」

 女の子達が一斉に頷く。少しでもあの時のアキラの行動を褒めて、同じような作戦を繰り返されたら堪ったものではない。ただでさえ王城と関わる任務は、女の子達にとって帰りを寝ずに待ってしまうほど不安になるものなのに。改めて、みんなそれぞれ溜息を零した。

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