第706話
「ところでアキラちゃんは何をしてるの?」
「これは、桶……よね」
魔法陣の勉強会がひと段落したところで、私の工作が気になったらしい女の子達の視線が、手元に集まってくる。
「攻撃魔法プチ練習装置」
「え!?」
カンナを除き、女の子達が立ち上がる勢いで一斉にガタンした。可愛い。
直径も深さも三十センチくらいの桶を四つ作成。それぞれ赤、青、緑、黄の帯を付けて、底板に属性を示すイラストを描いたら完成だ。
「見てもいいの?」
「どうぞ~」
女の子達がわらわら寄って来たから、出来上がったものを順に手渡す。カンナも興味深そうに一緒に見ていた。
「底板、裏の方に魔法陣がある」
「うわぁ……これは書きたくないなぁ」
「あはは」
桶の中を覗き込んだ時に見える面はシンプルな属性イラストだが、反対側、桶をひっくり返して見える面には魔法陣を付けた。みんなに教えたものと比較すると二十倍くらい線の多い複雑な模様だ。
「これは?」
「桶に対してそれぞれ属性耐性を付けてるんだよ。その魔法陣」
「じゃあこれに火属性の魔法をぶつけても燃えない?」
赤い帯が付いた桶を持ち、リコットが聞いてくる。私は頷いた。その通り。
「リビングの壁際、空いてるところに設置しようと思ってる。設置したら結界を張って、桶の外側にも魔法が漏れないようにする予定」
桶に耐性を付けている分、跳ね返ってくる可能性はある。外に出てきたら大惨事になるからね。放った本人は自分の魔力だからほとんど影響を受けないだろうが、近くに居る誰か、または家財にぶつかると大変だね。
「使い方としては、まず中にあるフックに紙を引っ掛ける」
「これ何だろうと思ってた」
桶の内側に一箇所、フックを付けてある。女の子達が引っ掛けて怪我をしないように先端はあまり尖っていないもの。此処に、短冊状の紙を突き刺してぶら下げるのだ。
「その紙が攻撃対象になる」
手を入れたら、遠くても二十センチの距離。
「攻撃魔法でまず練習しなきゃいけないのは、『攻撃性を持った魔力』を『生み出す』ところ。遠い的に当てるとか、そういうのはもっと上達してからの段階」
「つまりこれは、初歩の練習用なのね」
私は再び頷いた。攻撃魔法を『生み出す』練習だけをするのだ。だから攻撃対象との距離は五センチでも何でも構わない。飛び火さえしなければね。まあ、初歩の攻撃魔法で飛び火することもあんまり無いと思う。何にせよこの程度のレベルの練習なら、以前、モニカに相談していたような大掛かりな措置は考えなくても大丈夫だ。
「ちなみに火属性の場合はそのままの紙だと生成魔法でも燃えちゃうから、紙は濡らした方が良いかな」
濡れた紙だと流石に生成魔法では『燃え上がり』はしない。でも攻撃魔法であれば勝手に炎が対象を包み込んで燃え上がったようになる。だからその状態の違いで成功・失敗が判断できるはず。
「詳しい講座はまた今度ね。今日はもうみんな何も出来ないからねぇ」
途端、女の子達がしょんぼりした顔になった。ただ一人を除いて。カンナが何故かきらきらの目で私を見ている。よく分からないけど可愛いので見つめ返した。
「アキラ様」
「ん?」
「この魔法陣についても少し教えて頂いて宜しいでしょうか」
「おお、いいよー」
なるほど、属性耐性の魔法陣に興味があったんだね。
みんなに教えた魔法陣と比べると一気に高難度にはなるが、図柄を大きめの紙に拡大転写して、それから、模様一つ一つについて細かく説明していく。
全ての説明が終わった頃、カンナ以外の女の子達は何故か顔に疲労が浮かんでいた。
「分からなかった……」
「頭燃えるかと思った」
「本当に」
「今日はもう魔法陣見たくない」
四人が項垂れている様が可愛くて私は笑った。カンナは今聞いた内容をまとめているのか、まだ熱心に紙に向かっている。
「カンナ、興味があるなら、私のおすすめの魔法陣の教本も読む?」
魔法陣に関する色んな本を読んだ中で、もう読まないなーと思ったものはさっさと売ってしまったが、分かりやすくまとめてあるものは全て残してある。カンナが目をきらきらさせて頷いた。こういうの好きみたい。
「何度でも聞いてね。魔法陣の写しは、この部屋に置いておくから」
「はい、ありがとうございます」
これで本当に今日の魔法陣講座は終わりだ。魔力も頭も使い果たしたらしい女の子達が、リビングに移動してぐったり休憩している。そんな彼女らを横目に、私は攻撃魔法プチ練習装置を壁際に設置した。
上の段に桶を二つ、下の段に二つという形で並べたので、同時使用は多くても左右に一人ずつ、合計二人にしてもらう。全部を横並びに設置するのは流石にスペースが足りなかった。ちなみに下の段は椅子に座ったら丁度良く、上の段は立って使えば丁度いい。勿論、一人だけ身体の小さいルーイの水属性は下の段です。
またこのように配置したのは、見守る目が足りなくなる可能性も懸念してのことだ。
みんな勤勉だから時々、自分の魔力残量や練習時間、身体の疲労にも気付かないくらい集中しちゃうことがある。女の子同士でもちゃんと気遣って声を掛け合ってくれているが、全員が夢中になった時には危ないかもしれない。私がずっと見てたら良いんだけど、工作部屋に籠っちゃうと分かんないことが多々……保護者として如何なものか。
いや、まあ。攻撃魔法の練習に入れるのはまだナディアとリコットだけだし、文句が出たら追々考えます。
「ねー、アキラちゃん。明日教えてくれる?」
「あはは」
まだぐったりしているのに、リコットが熱心なことを言い出した。
作業を終えた私はみんながダラダラしているソファに同様に座り、カンナにお茶を頼む。
「王様からの呼び出しがなければ、明日ね」
私の言葉にみんなが少し悲しい顔をした。だけど、守れない約束をしたくない。もしも明日私が呼び出されて、出来なくなっちゃったらもっと悲しい顔をさせてしまう。軽率に「いいよ」とは返せなかった。
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