第576話
とにかくそれがリコット達にとっての『家族』で、私が思うものと少し違くって、今私達は『擦れ違ってる』ってこと、らしい。多分。
「質問をしても、宜しいでしょうか」
沈黙の中、最初に口を開いたのはカンナだった。私はリコットの腕の中で「うん」と小さく答え、リコットも彼女に向けて頷いたようで、小さく縦に揺れた。
「無理に笑顔を作らない、というのは、取り繕う必要のない相手……例えば疲れた時に溜息などを零せる相手、と捉えても間違いありませんか?」
「うん。そういう感じ」
リコットが即座に答える。カンナは誰にも笑顔を作らないから先程の例えではピンと来なかったのかもしれない。
「であれば、私も家族に対してそのような振る舞いは致しません。溜息を吐ける相手となると……同じく、実家に居る侍女を含め、私に付く従者達になるでしょう」
そう言ったカンナは目を細め、少し俯いた。そしてそのまま続けられた声は、やや沈んでいた。
「私も、ナディア達の言うことがよく分かっておりません。いえ、頭では分かります。物語では見ました。……実感が湧きません」
物語。そう言われてみれば、確かに、私も知っている気がした。物語を読み、他人の話を聞けば自分の家は特殊なのかもしれないと思うけれど。どれも目の前にしてきたものではないだけに、朧気なのだ。
ナディアが静かに息を吐く。そしてリコットもやや笑いながら「そうだよね」と言った。
「アキラちゃんも元の世界じゃ貴族令嬢みたいな暮らしをしてたらしいから、やっぱりそういう違いだよね。二人が、私達と目線を合わせて傍に居てくれるから、偶に分かんなくなっちゃってさ」
「……ごめんなさい。そうね、私の一方的な我儘だったわ」
ナディアの声はいつになく低く、悲しげだった。不意にリコットの腕が解かれ、ナディアと視線が絡む。じっと私を見つめた後、彼女は眉を寄せてまた俯いた。
「自分がアキラに無理をさせてしまったんだと思って、それが悲しかったの。怒ってしまって、ごめんなさい」
私に向けるにしてはあまりに素直な言葉だったから、私だけじゃなくてカンナも含めて両方に言ったのかもしれない。
「いや、私こそごめん。逆に気を遣わせて、心配をさせたのは、分かりました」
笑顔で対応しなくては――と頑張ったことが逆効果だったのなら、『家族に心配を掛けてはいけない』という考えも全く熟せていなかったことになる。つまり私達の文化でも、ナディア達の文化でも、良くない振る舞いだったのだ。文化の違いだけではなく、単に私の失態だった。ナディアが謝ることじゃない。
「アキラちゃん、ハグ要る?」
「要る~」
揶揄うようにリコットがそう言ったのに乗っかって、折角だからハグしてもらった。早く元気を出そう。これ以上、やっぱりみんなに心配をさせたくない。
ぎゅうと両腕を回して抱き締めてもリコットは抵抗なく笑って、私の頭と背中を撫でてくれた。
「じゃあ、お話し中に乱入してごめんねー。私は向こうに戻りまーす」
私が満足してリコットを解放したら、リコットはすぐにそう告げて出て行った。そういえばナディアのお話の最中だった。
「えーと、それで、何だっけ?」
過度な笑みを作ることは止めて、でもリコットに癒してもらった直後なので緩めの呑気な顔でナディアに尋ねる。ナディアもちょっと気まずそうに視線を落としてから口を開いた。
「カンナを少し借りてもいい? 足の測定がしたいの。どんなに手間取っても三十分も取らせないから」
「ああ、うん。構わないよ。カンナ、対応お願い」
「畏まりました」
依頼のブーツはカンナの仕事服になる為、測定なども勤務中にしたいねって話を前にしていたもんね。
ちなみに測定もこの部屋の中でするらしい。椅子とテーブルの一角などを使うと宣言すると、二人は端でごそごそし始めた。
私はカンナが淹れてくれたお茶をひと口頂いて、深呼吸をしてから。改めて手元の部品に視線を落とした。ついさっきこれを弄っていた時と比べてずっと心は穏やかなものに変わっていた。一人で我慢するんじゃなくて、やっぱりみんなと少しでも向き合って話す方が、心が楽になるなぁ。女の子達はいつだって私の癒しだ。
なお、カンナの測定後はそのまま私も足を測定された。靴下を履いたままでいいんだって。そもそも靴はその状態で履くからね。なるほどね。
「うーん、これくらい?」
「ええ、ありがとう」
そして木のブロックが欲しいと言われたので、言われたサイズを複数出した。
「すぐに作業できるなら、もう削る?」
「……あなたの手が空いてるなら」
「いいよ」
ミシンの組み立て作業は残ってるけど、気分転換に別のことをするのもいい。何より、足の木型が出来上がらないと靴の作業が進まないだろう。こちらが優先です。
私の了承を聞いたら早速ナディアが木のブロックに印を付けて、何処をどう削るかを指示してくれる。ゴリゴリ。魔法で簡単に削っていきます。
細かな調整はナディア本人がやるとのことで、私は荒くざっくり削るだけ。でも線を大きく超えて削ったらだめらしい。気を付けます。
「これが私とカンナの両足か……」
「変な表現をしないで」
「はい」
ぼんやり足の形をした木が無造作に机に置かれているのが面白くってそう告げると、即座に突っ込まれた。でもこんなやり取りも妙に楽しくてニコニコした。
「私の作業はこれで終わりかな?」
「ええ。ありがとう。もしまた必要なら、改めてお願いするわ」
「うん、いつでも言って」
そう答えてナディアの傍から立ち上がった時。ひょいと部屋を覗き込んできたリコットと目が合う。
「もうそろそろ、お昼の時間だよー」
「おや」
そんな時間か。時計を見れば確かにいつもお昼を作り始める時間を少し過ぎていた。ついでに軽くリビングの方に目をやる。窓からは太陽の光が差し込んでいて、雨の音は消えていた。雨が上がったらしい。
「まだアキラちゃんがしんどいなら、私達で作っちゃうよ」
「うーん」
しんどくはないけど。あんまり、まだ食欲は無いかも。そして食欲が無いと、調理意欲も出ないものなのである。
「……ごめん、お願いしたいです」
素直に頼んだら、リコットは何処か嬉しそうにニコッと笑う。
「勿論いいよ。アキラちゃんの分はどうしよっか?」
「みんなの半分くらいで……あと、果物を少し添えといてもらえたら」
「分かった」
普段は三人前食べる私だから、心配そうにはされたけど。食べないよりはマシだろう。あまり強く突っ込まれなかった。
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