第171話

 私達が城に戻ると、さっきの部屋には従者一人だけが控えていて、カンナも王様も居なかった。

「アキラ様、お疲れ様でした。少しお待ちください」

「うん」

 私に優しい声でそう言うと、ベルクとコルラードは一度退室して行った。報告とか色々するんだろうな。とりあえず、私は待っていれば良いんだね。は~疲れた。ソファにゆったり腰掛けて寛いでいれば、三分もしない内にカンナがまた茶器の乗ったワゴンを運び入れてくる。

「……早いね。ちゃんと休んだ?」

「はい、休憩の為、別室に控えさせて頂いておりました」

 それって休憩になってたのかな。心配だけど、まあ、いいか。ちゃんと『本当』って出ているし。彼女がお茶を淹れてくれるのはどうしたって嬉しいので。

 漂う香りにも癒されていたが、淹れてくれたお茶を傾ければ更に身体の力が抜けて、心がホッとした。あ~、美味しい。疲れが少し和らいだ気がした。

 今回、城に居る間ずっとお茶飲んでるな、私。流石に一回トイレに行ったよ。お腹も減ってきている。時間的なことで気付いてくれたのか、カンナから食事も用意するかを聞かれたけど、いや、お茶菓子でとりあえず誤魔化します。

 王様がその後十五分くらいして、ベルクと一緒に戻って来た。コルラードは居ない。彼は別行動中かな。

「此度は当初お伝えしていた以上の問題となってしまい、申し訳ございませんでした」

 既にベルクから諸々報告を受けたのかな? そう言って王様は私に深く頭を下げた。彼からも気遣いを感じる。落ち込んでないから大丈夫だってば。ちょっと苦笑いを浮かべた。

「報酬について、今回は二倍お支払い致します」

「んー、うん、分かった。それでいいよ」

 前は余計な分は三割増しって話だったけど、今回は本当に大きく話が変わっちゃったもんな。大人しく、受け取っておこう。

 さておき、最適な土壌作りの実験については私の予想が当たっていたみたいで、血液は書類に記載の量では上手くいかず、四分の一で作ったものが最も早い成長を見せたらしい。つまり、十三羽くらいから無理なく摂取した程度で足りるってことだね。既にメインの畑でも土壌の準備が完了していて、今、リガール草の種を植え始めているとのこと。勿論、元となる種は既に採取しているリガール草、五十数株から。薬を作る為には種も必要になるからと、一緒に採取して保管されていたのが幸いだった。株分けするには生きてるリガール草が必要になる為、今回発芽させて成長させたものから順次、株分けをして、増殖させる方向だね。

「ちなみに、一番相性が良かった土壌で、どの程度の時間で発芽した?」

「二十六分でした」

「はは! それはすごい」

 実は、効果の度合いについては私も知らなかったし、宮廷魔術師らの研究でも明らかになっていなかった。でも前回の被害を見れば変化は微々たるものじゃないだろうし、二か月もあれば充分に間に合うと読んではいたんだけど。この感じだとあっという間に目的が達成できそうだね。

 なお、今の情報で判明したが、細菌と植物の成長速度が全く違うね。おそらくは獣や人間もまた違うのだろう。難しい魔法陣だ。使いこなせるのは当分先だな。

「今回ご提供頂いた栽培方法は、ほぼ確実に、リガール草の栽培が可能と思っております。念の為、採取が可能となるまで確認はさせて頂きますが、二日後に再び城へお越しの際には、お約束の金貨一万枚をお渡しする準備をしておきます」

「ああ、うん。分かった。相手にもそう伝えておくよ」

 その発芽速度ならきっと、二日後にはもう一回目の採取は出来てるだろうからね。取引が素早く済むなら私も楽だし、スラン村のみんなも安心するだろう。

「どれくらいで種植えが終わる?」

「一時間ほどでしょう」

 まだそんなに掛かるか。いや、急いでくれているのは分かるんだけど、お腹が空いたままなんだ。しかし魔法陣を敷き終えたら私の仕事は終わりだし、もうちょっとだと思うと、ご飯が食べたいとか言いにくい。クッキーじゃなくてマフィンを頬張る。カンナが少し気遣わしげに私を見た。お腹が減ってるの、気付いてるんだろうな。大丈夫だよ、ありがとう。

 四十分後、種植えが終わった報告があった。思ったより早い。助かった~。

 王様達と共に外に出れば、そのまま畑の方へと案内される。畑はよく考えられている配置だった。中央部分には円形の空白があり、私が魔法陣を敷く為の空間が用意されていて、それを取り囲むように畑が作られている。

 プランターを使った実験でも魔方陣を取り囲むように配置したら効果があったとのことだから、直接、上に置かなくていいみたい。畑だと上に置けないからね。エーゼンの時にも、魔方陣の外、且つ、洞窟の外まで影響が出ていたから大丈夫だろうとは思っていたが、念の為、確認しておいてもらって良かった。

 用意された空間に立ち、畑を覆うようにして結界を張った後で、魔法陣を敷く。当然、この作業に入ったらもうみんなは結界の外だ。半径二メートルと少しくらいの大きな魔方陣だが、私に掛かれば魔力を籠めるのもあっという間。十秒足らずで作業は終了した。

「はい、これでオッケー。中に入る場合は、ちゃんと個人個人を結界で守るんだよ」

 念の為、宮廷魔術師の結界術担当者に試してもらったが、ちゃんと庭師を結界で上手に守れていた。

「上々。常にこの精度で宜しくね」

 私が直接そう声を掛けると、魔術師さんは緊張した様子で「はい!」と答えた。

「ようやく、今回の任務は完了かな?」

 結界から出て王様に声を掛ければ、彼は改めて私に頭を下げて肯定した。当然、彼が頭を下げるから、周りの人らも一斉に。いつものように恭しいお礼を告げられて、私は肩を竦める。

「じゃあ、もう帰るよ。あー、一応さっきの部屋で転移するか」

 此処は庭師とか、何か沢山の人目があるので、転移魔法は止めておこう。王様とベルクと、いつもの従者さんだけが付き添って部屋に戻ってくれた。カンナはテーブルの傍でまだ待機している。温かなお茶を淹れ直そうとしてくれたけど、手振りでそれを止めた。

「また二日後にね、カンナ」

「はい。お待ちしております」

 コルラードは戻ってこなかったな。犯人捜し、彼が担当になったのかな?

 カンナにだけ挨拶したらもう満足だったが、それはちょっと可哀相だから王様とベルクも振り返って軽く挨拶を済ませる。そしてようやく転移して、城を後にした。

 しかしすっかりお腹を空かせた私が向かったのは、レッドオラムの宿――ではなく、まずはスラン村近くの森の中だった。再び飛行して、勢いよくスラン村に入り込む。暗いので流石にケイトラントから槍を向けられてしまう気がしてわくわくしていたのに、彼女は肩に槍を置いたままで、ちょっと目を細めていた。

「段々、驚かなくなってきた。少なくとも飛んでくるような人間はお前くらいだ」

「あはは」

 ちょっと残念。って言ったら怒られるか呆れられるだろうから、飲み込んでおく。

「夜分にごめんね、さっきの話の報告に来たんだ。またモニカとレナに会えるかな?」

 ケイトラントが頷いて、モニカの屋敷まで案内してくれる。まあもう場所は分かっているのでこれは見張りと付き添いですね。レナもすぐに来てくれた。

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