第145話_子供達の心

 ラターシャが頼んだのは、色鮮やかなフルーツタルト。ルーイは生クリームが沢山乗ったベリー系ケーキで、私はチョコレートムースだ。うん、チョコレートがこっちの世界にもあって良かったなぁと思う。これを失ってしまうと甘味の喜びの一角が失われてしまうので。原材料はカカオじゃなくてキッコァという植物の実らしいが、……いや、カカオじゃない? カカオが訛っただけじゃない? と思う。植物辞典に付いていたイラストもほぼ私の知っているカカオだった。

「アキラちゃんの、一口ほしい」

 考え耽っていたら、そう言ってルーイがきらきらの目で私を見ている。頬が緩んだ。

「はいはい、どうぞ」

「私も貰っていい?」

「勿論」

 ラターシャも小さい子供みたいで可愛いねぇ。ルーイと一緒に居る時のラターシャは少し幼くなる。多分、年相応に素直になるんだろうな。だから彼女は、ルーイの傍を選ぶのかもしれない。

「アキラちゃんも食べる?」

「うん。じゃあ、少し貰おうかな」

 それぞれ差し出してくれるケーキの小さな一口を貰う。うん、美味しい。良いお店だね、フルーツも新鮮でおいしいし、生クリームも上質。チョコレートムースの舌触りも心地いい。個人的には、ラターシャが食べているタルトが一番好きかなぁ。タルト生地に独特の塩味があって、フルーツやクリームとすごく相性が良かった。今度来るときは私もタルトを頼もうかな。

 三人でケーキの感想を伝え合っている内に、私の話なんてもう二人の中からは消えてなくなっていると思った。だけど空になったお皿が下げられ、お代わりの飲み物を傾けている時に、ルーイが私の目を見つめる。

「本当はね、私は今回のこと、あんまり怒ってないの。びっくりしたし、心配はしたけど」

 今回のことっていうのはつまり、反動を隠していたこと、みんなの前で倒れてしまった挙句、逃げたことだろう。

「心配させないように隠したくなる気持ちが分かるって言うか、……初めて会った時、アキラちゃんが私のお腹を治してくれたでしょ? あれだって、私も同じことしたんだよ」

 言われてみれば、私が思い付きで組織を壊した時、ルーイは腹部に酷い痣を作っていた。だけど私には勿論のこと、リコットやナディアにもそれを伝えることをせず、私が気付くまでじっと耐えていた。この言い方を聞く限り、私が指摘しなかったらその後も誰にも言わなかったかもしれない。あの日までにも、そんなことがあったのかもしれない。

「……ルーイも、怒られた?」

「全然」

「えっ。そうなんだ」

 衝撃の事実に、軽くショックを受けた。その反応を予想していたらしいルーイが、悪戯っぽく笑う。

「だからね、アキラちゃんだから怒られたっていうのもあるんだよ」

「そんなにハッキリ言語化しちゃうなんて、ひどいよ~」

 大袈裟に項垂れる私を見て、ラターシャも耐え切れなかったみたいに笑い声を漏らす。二人にしばらく笑われた後、肩を竦めながら身体を元の状態に戻すと、ルーイはまた少し、声を落ち着かせて続けた。

「でもね、心配したのは本当だから。元気になったらこうして遊んでくれたら、嬉しい。安心する」

「そっか」

 丁寧に伝えてくれる言葉を、きちんと受け取った。リコットが求めたことは、正直よく分からないし、多分、聞いても教えてくれない。だけどルーイはこうして言葉を尽くしてくれる。これがきっと彼女の、向き合い方なんだな。もう一度言うが、だからこそ私はこの子を煙に巻くことが出来ない。

「私は……」

 ルーイの話が途切れたら、次はラターシャが口を開く。最初からそういう話だったのか、ルーイが軽くラターシャを見たので、その視線だけで促したのかは分からないけれど、とにかく今度はラターシャが気持ちを教えてくれるんだろうってことは分かった。主語だけで止まってしまったのは、言葉を選んでいるからなのだろうか。小さく首を傾けて、短い沈黙を挟む。

「うーん、やっぱりちょっと、怒った気持ちはあったの。隠さないでほしかったし、出来ることが一つでもあるなら教えてほしかった。何より、傍に居させてほしかった」

「うん」

 彼女らしい、素直な言葉だ。

 私がアンネスで熱を出してしまった時、お供として私はリコットを選んだ。そのことに、ラターシャは少し寂しそうにしていた。ラターシャが誰よりも私の苦しみを『分かりたい』と思ってくれていたんだと思う。でも、知っていたから、私はあの時、ラターシャを選ばなかった。……私は、そんなこと、ラターシャには知らないでほしかった。

 同じようにあの時のことを思い出していたのか、あの時と同じ寂しそうな顔で、ラターシャが俯く。

「でもそれって、何にも出来ない私達の我儘だってことも、分かってて」

 何も出来ないと思っているわけじゃない。けれど私がそれを伝えるのは違うような気がして、言葉に詰まる。これを否定するなら、私はもっと彼女らを頼らなければならなくなる。それを私は未だ、決断できない。

 黙ってしまった私を、ラターシャは少し眉を下げつつも、微笑んで見つめてくれた。

「だから後半は、私もルーイと同意見。元気になったら、こうしていつも通りのアキラちゃんで、一緒にお出掛けしてね」

 散々怒られても、悲しませても、上手く譲歩や改善が出来ない私を見兼ねて、今回はみんなが落としどころを見付けてくれた。それに甘えるだけじゃなくて、ちゃんと感謝しなきゃいけないな。それからもっと、もっと、私もみんなに何か返さなきゃいけないな。それが何かはまだ分からないけど。

「うん、分かった。二人ともありがとう」

 リコットやナディアにも敵わないが、この子達にはもっと敵わない。最強だ。

 尚、この後ルーイには新しい髪飾りを、ラターシャには矢筒に付けられる装飾品を買いました。食事や物で釣ろうというわけではなく、普段から最大級にみんなを愛しているつもりなので、それ以上となると、こう、物理になってきちゃうんだよね。伝わっていると良いんだけどな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る