第35話_物色
「この部屋に入ったことは?」
「いえ、数えるほどしか、ありません」
「じゃあ、この辺の書類が何かなんて、何も分からないか」
部屋の奥の棚を開く。本よりも書類のようなものが挟まれたファイルがびっしりだ。ナディアが同意するのを聞きながら、引き出しも一つずつ開ける。下の棚に手を掛けたところで、麻薬が入っていることをタグが伝えてきた。少し慎重に開くと、中に入っているのは無数の木箱。一つを開けば、個包装された白い粉が沢山詰められていた。
「ふーん。回収しておくか」
置いてある木箱を全て、収納空間に入れる。そして、部屋の中にあるものの内、書類が収められている家具も全て収納空間に詰め込んだ。武器や金になりそうなものも容赦なく頂いておく。迷惑料だよ迷惑料。私が勝手に侵入したんだけどね。
「よし、じゃあこの部屋は終わり。分かる範囲で良いから、順に部屋を案内して?」
「……分かりました」
さっきよりナディアの目が怯えている気がした。多分、私の収納空間が異様にデカいことに気付いたんだろう。それは私の魔力の高さを意味する。散々暴れたのも見た上でのことだから、無理もない。
その後も各部屋を回りながら、金品や物資や麻薬、そして家具までも全てが私の収納空間に入って行って、どんどん建物内から物が消えていく。彼女らはその様子を、何処か呆然と見守っていた。
「ところで、君らはそもそも――、おや」
ふと振り返って声を掛けた時、タグは何も出ていなかったけれど、ルーイを見て私は言葉を止めた。少し目蓋を重たそうにしていたのだ。夜の仕事をしている彼女だからまだ極端に遅い時間では無いと思うけれど、心労で疲れさせているのかもしれない。
「そっか、もう眠いね。さっきは怪我もしてたからなぁ」
「い、いえ、大丈夫、です……」
私のことが怖いのだろう。怒られると思ったのかもしれない。首を振って目を擦っているが、タグは『嘘』と明確に出ていた。愛らしくて思わず口元が緩む。
「普段、君らが休んでる場所は何処?」
その問いに、ナディアは少し躊躇う顔を見せた後、一階の階段裏の方へと私を案内してくれた。そんな場所から入る部屋は当然のように狭く、床に寝具が直接置かれているだけ。風呂場やトイレはあるようだけど、商品としている女の子達を休ませる場所にしてあまりに粗末だ。
「ベッドも無いのか。……あいつら、もうちょっと痛めつけても良かったな」
思わず舌打ちしそうだったけれど、これ以上、彼女らを怖がらせるのも良くない。「じゃあベッド召喚」と気を取り直すように呟いて、さっき上の階から回収した本日使用していないっぽいベッドを三つ部屋の中に出した。ちょっと狭いが、休むだけなら問題ないだろう。念の為、ベッドには浄化魔法を掛けておく。何処かで使った麻薬が残っていたら怖いからね。
「はい、出来上がり。今夜は此処で休んでね」
振り返ったら、三姉妹はもう驚くことに疲れたみたいな顔をしていた。そうそう、慣れる方が楽だよ。
「ところで、ナディアは明日もカフェ出勤?」
問えば、どうして聞かれるのか分からないような顔をしながら、彼女は頷く。本当に働き者だなぁ。ちなみに黒髪の子は名前をリコットと言い、市場中央にある食堂で普段働いていて、明日も出勤するらしい。どちらも八時頃に出るとのこと。外の仕事が無いのは一番小さいルーイだけか。きっと彼女はいつも、この屋敷内で雑用でもさせられているんだろう。済んだことではあるが、少しだけイラッとした。
振り払うように、また軽く頭を振る。
「分かった。二人共、いつも通り出勤したらいいよ。でも私が朝七時くらいにもう一度来るから、それまでこの部屋からは出ないように気を付けて」
組織の組員はこの街にもう居ないと言っていた。だけど客は居るし、他の街に居る組員が偶々、合流して来ないとは言い切れない。私がそう告げると、三人はこの屋敷が安全な場所でないことを理解してくれたようで、黙り込んでいた。
「大丈夫。私がこの部屋に結界を張っておく。誰にも破れないから、この部屋は安全だよ。そういう意味で、私が来るまでは此処に居てほしいんだ」
私の魔力はさっき見てもらった通りだから、結界が常人に破れないことは納得してもらえると思う。だから今、納得できない顔をしているのは、私の目的が分からないという一点なのだと思う。最初に、言ったつもりなんだけどね。
「ナディア」
呼べば、頼りない金色の目が私を見つめ返した。明るい色の瞳だから、私の像がそこに映るのはよく見えない。
「私は君が欲しい。目的はそれだけだよ」
あの部屋で会話した時、ナディアには『置いて行けない』誰かが居ると思った。案の定、きっとナディアはこの二人を置いて一人では逃げられない。例えナディアを買い取るシステムが存在したとしても、それは彼女を苦しめてしまうだけだ。だから私は、丸ごと奪うことを選択した。
まあ、例えお金を積んでもあいつらがナディアを売ってくれたとは思わないけどね。今はまだ三人しか居ない娼婦役、一人でも欠けるのは問題があるはずだ。代わりが幾らでも居るような大きな娼館とは違うんだから。
そのように話すも、ナディアの困惑は晴れる様子が無い。多分、私は人を安心させる才能が無いんだな。
「とりあえず今は良いよ。また明日話そう。大丈夫、悪いようにはしないからさ」
結局、私が残せるのはいつもの悪党らしい言葉だけだった。
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