第21話
『人間の、分際で、魔族に対抗、しようなどと、許せぬ、許されぬ、滅び、滅、滅びよ、人間』
ああ。なんだ。残念。
はっきりした意識があるわけじゃないようだ。ただの残滓だな。
人間に対する恨みをただただ呟き続けている。私に話し掛けているわけじゃない。残った感情が繰り返し再生されているだけだ。魔族は人間よりも高位であって、人間は一方的に虐げられるべき存在であるように、その靄は語っていた。
「負けた時点で認めろよ、本当に高位ならさ」
失笑の後、私はその靄を火属性魔法で消し炭にした。いつもよりちょっと魔力濃度を高めにしたから、それは簡単に消えていった。杖から伸びるタグを改めて確認する。呪いは綺麗さっぱり、消えていた。
「解いたよ。はい」
「お、おお……今の、靄は……?」
「もう消したから大丈夫。呪いを掛けたのは魔族だったみたいだね。多分、この杖の使用者に戦って負けたんだ。その恨みだったんじゃないかな」
結界も解いて、杖をおじいさんに手渡す。私の想像を裏付けるように、スキルはそのまま残った。この杖の強力なスキルは元々あったものだ。その脅威を抑える為、そして自らを滅した使用者への恨みを晴らす為、魔族はこの杖に呪いを付与したのだろう。
私の説明に、戸惑いながらもおじいさんは頷いていた。この真偽も、鑑定の正否を確認するのと同じ要領で分かるようだ。
「じゃ、任務完了かな。解呪、楽しかったよ。ありがと」
緊張を解くように私が気安くおじいさんの肩を叩くと、おじいさんは呑気な私の言葉にちょっと呆れた様子で眉を下げて仄かに笑った。
「礼を言うのはわしの方だ。武器で何か困ったことがあれば、いつでも来てくれ」
「はは。うん、そうするよ」
今回、私が解呪したこともちゃんと秘密にすると約束してもらって、成功報酬とラターシャの練習用の弓を得た私達は、ちょっと長居してしまった武器屋をようやく後にした。
「……アキラちゃん」
「ん?」
武器屋から離れ、少し街中を進んでいく中で、ラターシャは何処か困惑したような声で私を呼ぶ。
「どうして、解呪しようと思ったの?」
私が悪目立ちしないようにラターシャが止めてくれたのに、聞かずに決行した。でも彼女のこの問いは、責めるような言い方じゃなかった。ただ知ろうとしていて、私の中に何か別の考えがあることを確信しているような声だった。
「アキラちゃんは自分のこと『善人じゃない』って言うけど、困ってる人を助けたようにしか見えなかった」
「賢いねぇ、ラタは」
簡単に高い報酬を得るのが心苦しいっていうのも、本当の理由だ。だけど他に理由が無かったわけじゃない。どうでもいいとか、面倒だと感じれば、きっと私はただ報酬を得て立ち去っていた。
「私は善人じゃないよ。今回はちょっと気まぐれ。なんていうか、そうだなぁ、じーちゃん・ばーちゃんが好きなんだよ」
店主のおじいさんは高圧的じゃなかったけど、偏屈そうだった。にこにこしてなくて、不機嫌そうな顔をしていて、だけど対応は落ち着いた大人のそれで、今までに積み重ねてきた色んなものを、無言の中で抱えているような雰囲気があって、それが、……本当に勝手な感傷だ。
「今頃、どうしてるかなぁ」
無防備に漏れてしまった声に、ラターシャが黙った。だけど一言零してしまえば恋しい気持ちばかりが湧いてきて、上手く続ける言葉が出てこない。お祖父ちゃんが好きだったし、お祖母ちゃんが好きだった。どっちもまだ元気に生きている。私は他の同世代に比べれば頻繁に会って、連絡も取っていたと思う。
「祖父母不孝だよねぇ。見送るのはこっちの役目だったはずなのに」
向こうの世界で、私はもう居ない。行方不明だとか何だとかって騒ぎになるのだとしたら、老いた二人に、本当に要らない気苦労を掛けるのだろう。心苦しくてならない。
だからって、二人に出来なかったことを、異世界で他のじーちゃん・ばーちゃんにしたところで。本当に届けたかった二人にはもう、どうしたって届きはしない。ただただ私の気を晴らす為の手段でしかないのだから、これは人助けでも、祖父母孝行でもなかった。
考えるほど、自分の置かれている状況に、腹が立つような。悲しいような。何とも言えない。隣を歩くラターシャが、掛ける言葉を選んでいるのが分かる。難しいよね、ごめんね。
「本屋、あっちの角を曲がってすぐだったよね?」
「あ……うん、多分そう」
いつも通りの笑みを浮かべて話を変えれば、ラターシャはやや戸惑いながら頷く。それだけでもう良かったのに、数歩進んでから、小さくラターシャが囁いた。
「アキラちゃん、……ごめん」
私は何も言わないで、ラターシャの頭を撫でる。ラターシャが謝ることなんか何にも無いのにね。一緒に悲しんでくれる、そんな優しい気持ちが今は嬉しかった。
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