第63話:ソフィアの事情1

 エルフリーデが8歳の時。ソフィアは34歳。すでに王籍から抜けて、身分は高いとはいえ、一貴族に下っていた。


 とはいえ、生活は困窮していたわけではない。長男エリアス16歳、長女クラウディア14歳、次女リーゼロッテ10歳、そしてベンと共に不自由ない暮らしをしていた。


 子育ても乳母として4人育ててきたゲルダが家事を仕切っているので、生きていくことに困ることがなかった。


 ただ、それだけ十分な暮らしでも、ソフィアの体は日に日に疲れを感じるようになっていた。


 休むことも多かったが、少し動いただけで疲れてしまう。子供たちの相手もゲルダに任せっきりになっていた。


 その状況はソフィアにとって希望するものではなかった。できる限り子供たちと接していたかった。


 だがその思いとは裏腹に、さらに悪くなっていく。


 ベンが心配して栄養があるものを与えても良くならず。医者に見てもらっても原因がわからない。ただ、ベンの優しさから、不治の病かもしれない、ということは感じられるようになっていた。


 戦争に明け暮れていたが、元々のベンも優しかった。ただ、王の次男である夫の妻としての振る舞いも期待されていた。


 今はそれも無い。


 一貴族に下ったのも、父である王を撃った自らの罪滅ぼしと言っていたが、ソフィアの体を想ってであることも感じられていた。


 戦中から水質が悪くなって、体の不調を訴える国民も多かったことがあり、取水の技術を向上させ、今までとは別の山から、美味しい水を飲ませてもらえるようにもなった。


 ソフィアはその状況に嬉しく幸せを感じていたが、反面、申し訳ない気持ちが増えていき、窮屈に感じてきていた。


 自ら命を絶つことも考えたが、それは誰もが不幸になる。子供たちは悲しみ、夫は責任を感じる。もちろんゲルダたち手伝ってくれている人たちも己を責めることになる。


 そんな時、滞在していた街に演芸の興行一座がやってきていた。その中に、フィンが所属しているバロンズという、全員18歳で若く歌唱を売りにするチームもいた。


 それを聞いたときソフィアは、自分が若い男に熱を上げて出て行ったことにすれば、不貞の妻だったということで、自分が一人堕ちれば良いと考えた。


 体の不調を感じつつも、興行を見に行った。単に家を出る原因に使おうと思っていたのだが、その興行は煌びやかで楽しみ、興奮してしまった。そのため、観客席で貧血を起こし倒れてしまった。


 目を開けたのは、その事務所にしていた宿舎だった。その時、横について面倒を見てくれていたのがフィンだった。


 話をしていると楽しかった。でもソフィアはどこかワクワクできない。舞台を見ていた時はワクワク楽しかった。その舞台に立っていた人物が横にいる。それなのに、この看病してもらっている状況が妙にしっくり来ている。


 フィンが興行の一員になった話を聞いたときに、不安が襲ったので名前を尋ねると、フィン=マイヤーだということだった。それを聞いたとき、自らの過ちの運命を呪った。


 フィン=マイヤー。マイヤーは元夫の姓。ソフィアの前の姓であった。つまり、フィンは自分の産んだ子だった。



「え?」


 話を遮るように、エルフリーデは思わず声を上げ、フィンを見上げた。


 俺も驚き、フィンの顔を見た。


 フィンは少し目線をそらし、俺たちを避けた。


「お母さん……それって――」


 ソフィアさんは細い声で「ごめんね」と言いつつ、頷いた。


「エルフィからするとお兄さんになるわ……ね」


「兄……?」


 エルフリーデの表情が強張っている。それを察したのか、ソフィアさんは掴んでる手を力を込めて握りなおす。


 俺が思っていた違和感はここにあった。フィンはすでに知っていたのだ。エルフリーデが隣国の王女で、ソフィアさんの娘だと。


「俺たちが聞きまわっていた時、わかっていたんだね?」


 俺の言い方がキツく聞こえたようで、ソフィアさんがかばった。


「タナカさん、それは違うの。フィンは、ずっと会いたがってたの。謝りたいって」


「謝る?」


「えぇ、私を奪ってしまったという懺悔する気持ちがあったみたい」


 フィンを見ると、本当にそう思っていたようだ。「すまん」と一言断って話してくれた。


「前から、ソフィアさんに聞いてた名前がパブで聞いたときは驚いた。そしてすぐに保護しないとと思ったんだ」


 だから仲間のギュンターに依頼して、無理やりにでも保護しようとしていたらしい。俺というオマケがいたのはひとまずさておき。


「それで、どうして私に謝りたいって思ったの?」


 エルフリーデに問いには、またソフィアさんが過去の続きを話し始めてくれた。

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