第8話 道標ない旅-8

 チャットのプログラムを組み込んだホームページのチェックが終わって、ようやく緊張感が解けた。一番気をつかうのはときどき見にくる顧問代わりの山元先生だった。わざわざ見張りを一人配置して臨んだプロジェクトは、殊の外問題なく進んだ。


 「いやぁ、完成したことだし、ぱぁっといきたいものですね、会長」健太郎

「まだまだ。本番はこれからさ」五十六

「かたいこと言わないで。今日は、たまたま、みんな揃ってるし、ちょうどいいじゃないですか。帰りにどこかで、ぱぁっと!」健太郎

「校則には喫茶店とかの立ち入りは禁止されているでしょう」美弥

「いいじゃないの。マックくらいなら、黙ってりゃわかんないよ」翔

「寄り道禁止」美弥

「かたいなぁ、美弥ちゃんも。じゃ、俺らだけで、どう?」健太郎

「賛成~!」翔&早樹

 同意の手が次々に上がる中、静かに五十六が言った。

「おれはパス」五十六

「なんだ、五十六、今日はいい子ぶってるんじゃないよ」健太郎

「そうじゃないんだ。まだ、気になることもあるし、家でもう一回チェックしてくる」五十六

「そんな深刻にならなくてもいいよ」翔

「そうそう、今日くらいいいじゃないの、五十六君」早樹

 早樹の誘いかけに動じることもなく、五十六は真剣な顔を早樹に向け、両手でしっかりと早樹の肩を掴んだ。

「悪い。早樹ちゃん。ぼくは、君の気持ちを受けることはできないんだ。ぼくには、心に決めた人がいるんだ。ごめん、あきらめてくれ」五十六


 一瞬、しんと静まった部屋の中で、ゴンという音が響いた。


「五十六ぅ~、ふざけてるんじゃないの」美弥

「いちいち、ギャグの度にどつくな!」五十六

「ふざけてるのか、真剣なのかはっきりしなさい!」美弥

「今日は、本当にチェックしたいんだ。これは、大事なことだから」五十六

「だけど、五十六ぅ。俺たちがみんなチェックしたんだぜ。それでも、だめなのか?」健太郎

「いや、そういう訳じゃない。ただ、気になるだけなんだ」五十六

「まさか、おかしな事を仕組むつもりじゃないわね」美弥

 五十六はきっと美弥を睨んだ。

「美弥、おれがそんなことするヤツかどうか、おまえが一番よくわかってるはずじゃないか」五十六

 美弥はその言葉で一瞬怯んだ。

「おれを疑っていたなんて、おれは悲しい。おかあさ~ん!ぼくは、こんなにも真剣なのに、誰も信じてくれないんだぁ!」五十六


 しらけた空気の中で美弥が呟いた。

「帰ろ」美弥

「あのへんがな、俺もついていけないんだよな」健太郎

「演劇部でも入りゃあいいのに」翔

「新喜劇部なんてあったら、いいのにね」美弥

「あっ、それ、ぴったし!」由貴子

「おい、おれはほったらかしかぁ?!」五十六

 五十六はひとり取り残された部屋でそう呟いた。



 「でも、さっきは驚いたぁ」

「えっ、なにが?」

「なにがって、ほら、さっきの五十六君の台詞。ふられちゃったのかと思ったわ」

 今日も美弥と早樹は一緒に下校していた。人気のない緑道に入ると、早樹は急に話し出した。美弥はニコニコしながら話す早樹にドキリとさせられながら言った。

「あいつ、いつもあんなだから、気にしないでね」

「うん、もちろん。告白もしないうちにあきらめられるもんですか。ね」

「そう、…そうね」

 早樹が本気だと思えば思うほど、美弥には信じられなかった。そして、自分の知らない五十六がどんなだか知りたかった。しかし、それを訊き出すことはできなかった。

 「ね、あたし、バレー部辞めようかと思ってるの」

「え、どうして?」

「だって、ね。このままだと、あんまり一緒にいられないし、がさつな女の子なんて、嫌じゃない」

 美弥は何も言えず、感情を押し殺しながらかろうじて、そうね、と言っただけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る