グリーンスクール - 道標ない旅

辻澤 あきら

第1話 道標ない旅-1


          道標ない旅


 某月某日――晴。風向、南南西。


 扉をガラリと開けて久保田美弥が視聴覚室に入ると、コンピューターの前に集まっていた三人が振り返りバタバタと動き回った。

「やぁ、美弥ちゃん。いらっしゃい、今日も元気だね」健太郎

「おかげさまで」美弥

 美弥は、取り繕うような新井健太郎に、睨みを効かせながら愛想を振りまき、づかづかとコンピューターに近づいた。

「さぁ、ボクはクラブ行ってこようかな」と、山吹翔がラケットを掴んで立ち上がると、美弥は背筋をピンと伸ばした姿勢で、

「あらぁ、あなたも、コン研の一人でしょ」と言った。

「いやぁ、でも、まぁ、テニス部も試合があるし」と、翔は笑いながら逃げるように、出て行こうとした。

「待ちなさい」美弥

 美弥の一喝が、全員の動きを止めた。

「あんたたち、また、やってたわね」美弥


 美弥の雷の下で、健太郎と翔は身を竦めたが、一人コンピューターの前に座っていた山本五十六は、ゆっくりと振り返った。

「やぁ、美弥ちゃん、来てたのか。全然、気づかなかったよ」五十六

「なによ、白々しい。何やってたのか、見せなさいよ」美弥

 そういうと美弥はマウスを掴み、検索コマンドで履歴を見た。後ろで、ヤベェ、と呟く健太郎を尻目に、翔は開け放たれた扉からこっそり逃げ出した。画面に表示された履歴には、最新ファイルの記録が表示された。美弥がダブルクリックするが、『ファイルが見つかりません』のダイアログが表示されただけだった。美弥は、目線を五十六に向けながら微笑み、

「ふーん、そういうことなの」と言った。五十六は蛙の面に小便という澄ました顔で美弥を見ていたが、後ろで健太郎が安堵の表情を浮かべていた。

「ちょっと、どいて」美弥

 美弥は席を五十六から奪うと、消去ファイル復活ソフトを起動して、今消去されたファイルを開いた。そこには、白人のポルノグラフィが画面一杯に映し出された。

「五十六!なんなのよ、これ!」美弥

「やだなぁ、美弥ちゃん。これは、勉強じゃないか」五十六

平然と応える五十六を、美弥は睨んでいた。

「ふーん、今日は何のお勉強なの?この間は、画像ソフトの使い方だって、言ってたけど。その前は、インターネットの使い方だって言ってたように記憶しているわ」美弥

「嫌だな、もちろん、それもあるよ。だけど、今日のは、れっきとした、保健体育じゃないか」五十六

「なによ、それ」美弥

「どうやって、子供が生まれるかを知っておくことは、大切なんだよ」五十六

澄ました少年の顔で五十六は平然と言い放った。

「なに言い訳してるのよ。ただのスケベ画像じゃないの!」美弥

「違うよ。わかってないな、美弥ちゃん。現在の日本社会は、少子化傾向にあって、高齢化社会になる恐れがはっきりと出ているんだ。それは、日本という消費中心の経済構造により成り立っている国家にとっては、単に社会保障という観点だけでは済まない危機的状況なんだよ。つまり、このままでは人口が減少し、しかも大量消費者である若年層が少なくなり、経済活動自体が空回りしてしまい、遂にはGDPも低下してしまうことになるんだ」五十六

「それで」美弥

「だから、ぼくたちは子供を増やさなきゃならないんだ。そのためには勉強が必要なんだ」五十六

「よくも、まぁ、恥ずかしげもなく、そこまで言えたものね!」美弥

「今の日本の性教育は間違っている。このままでは、日本の社会は崩壊するしかないんだ」五十六

 五十六は見上げながら訴えるように叫んだ。呆れながらも睨みつづける美弥の後ろでは、健太郎が、言い過ぎ言い過ぎ、と囁いた。

「五十六、こっち見なさいよ」美弥

「へ?」五十六

「あたしの目を見て、もう一回言ってみなさいよ」美弥

「なにを?」五十六

「今の主張を」美弥

「美弥ちゃん、子供の作り方知ってる?」五十六

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