第4話 君の思いと僕は
いつも通り未侑と出かけた帰りに、見覚えのある人影が見えたので思わず声に出す。
「あ、宮田さんだ」
「宮田さん……?先輩、あの男性の方と知り合いですか?」
未侑は珍しいものを見たような顔でそう言う。まあ、俺に知り合いなんてほとんどいないから、そりゃ珍しいんだろうが。
「ああ、あの人は警察で、よく俺が襲われた後に対応してくれた人だ」
すごく付き合いやすく、俺の『体質』にも理解のある人なのでかなりお世話になってる。
そんな話を未侑としていると、宮田さんがこちらに気づいたようで笑いながらこっちのほうへと歩いてきた。
「おお、春樹じゃねか。お前最近署のほうに来ないから、とうとう殺されたかと思って國井さんに連絡しようか悩んでたとこだったぞ」
宮田さんが國井さんと呼ぶのは、俺の叔母のことだ。今は亡き父と、刑務所にいる母の代わりに俺のことを育ててくれた、父の姉だ。
「殺人未遂に遭わないと不安になるってどういうことですか……」
隣で未侑がドン引きしたような声を出す。それも仕方ないだろう。一時期は三ヶ月から半年に一回は確実に警察のお世話になっていたのだから、それが生存確認みたいになっていたフシまである。
「んで、隣の子はどうした?誘拐でもしたか」
そんなぶっ飛んだことを言う宮田さんにため息をつく。
「んなわけないじゃないですか。後輩ですよ。制服見ればわかるでしょう」
「はあ!?春樹がいっちょ前にこんなかわいい娘を連れてるだぁ?」
本気で驚いてる様子の宮田さん。俺が美少女を連れて歩いてるのがそんなに驚くことですかねぇ……。自分でも釣り合いがとれてないのは自覚してるけど。
「まあ、いいか。今度気が向いたら遊びに来いよ」
「事件もないのに行きませんよ」
そう言って宮田さんはどこかへ行ってしまった。
願わくば、もう一生警察のお世話になんてなりたくないけどな。
「なんていうか……イメージしてた警察の人と随分と違う人でした」
「あれでもかなり偉い人らしいけどな」
「えっ?」
本人から名言はされてないけど、宮田さんは「警視」と呼ばれていたはずだ。
ただ、気になるのは宮田さんの年齢は28らしい。俺が高校入った時にはもう警視だったと思うのだが、例えキャリア組だったとしても、7年は昇進できないと思うんだけど、何者なんだろうな。
というか、警視3年目って警察署副所長クラスでは……?
「まあ、宮田さんのことは今更だからいいや」
と、そこで未侑が何かを考えているのが見えた。
「どした、未侑。珍しく何か考え事か?」
「私はいっつもいろいろ考えてますよ!」
未侑は少し悩んだ様子を見せた後、迷っているような様子のまま俺に質問をしてきた。
「先輩って最近過ごしていて楽しいですか?」
「ん?どした。急に」
唐突な質問に困惑したが、未侑の様子は真剣そのものといった様子だったので、俺は数秒悩んだ後答える。
「ああ、楽しいな。死にたいなんて考えることがなくなるぐらいには」
その言葉を聞いた時、何かに気が付いたのか、とても驚いた様子で未侑は目を見開いていた。
「……未侑?」
「っ……い、いえ、ちょっとした思い付きなんで先輩は知らなくてもいいです」
そう言って未侑はさっさと歩いて行ってしまった。なんだろうか。未侑にしては珍しい反応だったな。
「……先輩の『殺され体質』は、先輩自身が死のうとしているときに効果を放ってる、なんて思いついても言える訳ないじゃないですか」
未侑が俺に隠れて何かを言っていたのは俺には届かなかった。
私の先輩はどこかおかしい。
変わっている、とかそういうのではない。いや確かに変わってはいるのだけれど。
先輩は基本的にハイスペックで優しい。顔はものすごくイケメンというわけではないけれど、それでもきっと、彼が普通に生活していればモテていたんだろうと思う。
けれど先輩には恋人はおろか、友達だって一人もいない。そもそも宮田さんという知り合いがいることですら最近になって知ったぐらいだ。きっと先輩は人と仲良くなるのが怖いのだろうと勝手に考察している。……そのくせきっと、心の底では親しい人が欲しいと願っているのだから、先輩は面倒な性格をしていると思う。
私が先輩と初めて出会ったのは、私が大して仲の良いとも言えない男の子に告白された後だった。別に告白されること自体には慣れている。私の顔が整っているのは自覚しているし、そういうことについての努力もしてきた。
「ごめんなさい。今は誰とも付き合う気はないので」
幾度となく言ってきている言葉を、できるだけ無感情に言う。そう言うと、大体の人がなんとか粘ろうとして、それでも私の気持ちが揺らがないことが分かると、平気なふりをするか、顔を歪めて捨て台詞を吐きながら逃げるようにどこかへ行く。
どうして、ほとんど話したこともないような人と付き合えると思ってしまうのだろうか。ワンチャンとかないから本当に勘弁してほしい。
「はぁ……今日はもうサボっちゃおうかな」
告白されることなんて大して珍しいことでもないのにどうしてだろうか、今日はもう何もしたくない気分だった。
「ん?ああ、屋上への階段……」
この学校は屋上に入るのを禁止されているので、この階段を使ったことはない。私は何となく普段と違うことをしてみたい気持ちになり、屋上に向けての階段を上る。
「……まあ当然、屋上には入れないんだけどね」
誰に言うわけでもなくそう呟き、開かないことが分かっていながらもドアノブを回す。すると、予想に反してドアノブはスルッと回り、簡単に屋上へのドアは開いた。
「うわ……!?屋上開いてるんだ。……ってええ!!?あ、あなた何やってるんですか!?死にますよ!?」
ドアを開くとそこには、今にも飛び降りようとしている様子の、男子生徒が屋上の端に立っていた。
思わず、自分が授業をサボっているということを忘れて、大声を出してしまう。それぐらい目の前の光景は衝撃的だった。
男子生徒はこちらを見ても特に何の反応も示さず、ボーっと私のほうを見ていた。
「なんでボーっとしているんですか!ほら!早くそこから離れてください!」
慌てて、その男子生徒の手を取り、無理矢理引っ張って屋上の端から離させる。男子生徒は抵抗もせず、されるがままあっさりと私に引っ張られた。
話を聞いてみると、どうやら彼は私の一つ上の先輩らしい。
死のうとしていた理由は、彼曰く、「自分がいると犯罪者を増やしてしまうから」らしい。正直ピンと来ていないのだけれど、彼は人に狙われやすい体質だと言う。20回以上も襲われていると言われても想像もつかないのは仕方がないことだろう。
けれど彼の様子を見ていると本当は死にたくないのだ、というのがすぐに分かった。それならば、自殺するのを止めてあげたいけど……普通に言っただけでは止まらないだろう。きっと、彼は本気で自分が襲われたのは自分のせいだと思っている。
……そうだ。どれなら私が殺してあげるといって、最後は有耶無耶にしたらどうだろうか。
……うん、いける気がする。
そうして私と先輩との奇妙な関係は始まった。
先輩はすごく優しくて、面白くて、割と気も使える。しかも私に対して恋愛感情を持っていなかった。そんな先輩との関係が心地よくて、私は大好きだった。
クラスでの友達関係を丸ごと後回しにして、先輩を最優先にするぐらいには好きだった。けれど、今度は別の問題が発生する。
この関係を終わらせたくなくなってしまったのだ。
先輩をからかえば、反応がとてもかわいくて好き。
普段はぶっきらぼうだけど、適度に気を使ってくれるのが好き。
私のこと好きなわけでもないのに優しくしてくれるのが好き。
最近になってやっと気が付いた。
きっと、私は先輩に恋をしているのだろう。
いままで私に告白してきていた男子たちも、こんな気持ちだったんだろうか。だとしたらそっけなくしてしまったのは、少し申し訳なかったかもしれない。
だけど、そろそろこの関係にもキリをつけよう。いつまでも続けるわけにはいかない。
だから先輩は、私の手で殺そう。
メッセージアプリを開き、文章を入力する
『先輩、明日授業をサボっていつもの屋上に来てください』
私が提案したんだから、最後も私の手で決着をつけよう。
奇妙で歪で、それでも心地の良の良くて、私の大好きなこの関係は、明日で終わりにしよう。
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