第12話 瞬きもせず-12
時計が九時半を指し示そうとしている。
朝夢見は身支度を整え、部屋の点検をし始めた。そして、ちょっと店内に顔を出して、マスターに挨拶をして、店を出ようとした。すると、後ろから、沢村が出てきた。
「おい、送ってやろうか」
「いいわよ。それより、お店抜け出しちゃ、まずいんじゃないの?」
「いいよ。少しくらい。バス停くらいまで、送ってやるよ」
「いいわよ」
「いいんだよ。ちょっと話もあるし」
「え?」
「さぁ、行くぞ」
銀座を抜けて市役所の前に出ると左に折れてバスターミナルへ向かった。その道々も沢村は特に話すでもなく付き添っていた。なんとなく気まずい雰囲気で朝夢見はついて歩いた。エプロン姿のまま歩く沢村の後ろ姿。長い髪を束ねた後ろ姿。大きいと思いながら、ついて歩いた。と、沢村が振り返った。朝夢見はどきりとしてしまった。
―――どうしたんだろ、あたし。
戸惑いを押し殺そうとしながら、沢村の顔を見た。沢村は無愛想なまま、
「どうした?」と訊いてきた。
「ん?別に」
「そうか」不審な顔をしながら沢村は言った。「こっち来いよ。話もできねえ」
「あ…うん」
隣に並んで歩くと沢村が一層大きく感じられる。
―――仙貴と同じくらいだろうか…。
そんなことを思いながら、歩いた。周りからはどんな目で見られるんだろう。もし、自分がもう少し大人ならば、恋人同士に見られるかもしれない。今の年格好なら、兄妹だろうか。そんなことを思いながら、ふと、直樹と由理子を思い出した。あぁいう兄妹に見られるなら、いいな。そんなことを思って笑みを漏らしてしまった。
「なんだ?どうした?」
「んん、別に」
朝夢見はちょっと焦りながらも、沢村の顔を見てまた直樹を思い出した。
「なんだ。変なやつだな」
沢村はそう呟きながらも、前を見ながら話し出した。
「話ってのは、あれだよ、こないだのこと」
「…ん」
「俺は、あきらめてない、って言うと、しつこいヤツだと思うだろうけど、強引に押し切ろうなんて思ってないから」
「…ん」
「オマエに、もっと俺のこと見てもらって、それで気に入ってくれたら、付き合ってやってくれたら、それでいい」
「そんな…。あたし、そんなこと…」
「いいさ。俺が惚れたんだ。惚れたほうが負けさ。好きなようにしてくれ」
「沢村さんらしくないな」
「俺らしい?俺らしいって、どんなだ?」
「どんなって言っても、…もっとクールで、渋い印象があったけど……」
「そんな風に思われてたのか?俺なんて、まぬけで、カッコよくもねえ、どこにでもいるようなヤツさ」
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