第8話 瞬きもせず-8
沈黙の時間が静かに二人を包み込んでいた。
「…沢村さん、いい人だけどな」
ぽつりと朝夢見が漏らした。
「嫌いじゃないんでしょ?」
「まぁ、好きとか嫌いとか、そんなこと考えたこともなかった。だって、大学生だもん。由理子さん、大学生に交際申し込まれて、はい喜んで、なんて受けられる?」
「そうね。確かに困るわ」
「でしょ?やっぱ、断っとこ」
「でも、ミキちゃんには彼氏もいるんだし、朝夢見ちゃんも彼氏が欲しいと思わない?」
「思わないって言えば、嘘になるけど、あんまり、恋愛感情っていうのが、よくわかんないのよね、あたし」
「男の子好きになったことない?」
「ない。由理子さんはあるの?」
「あたし?あたしも、ないけど…」
「でしょうね」
「なに、それ?」
「だって、あんなにカッコイイお兄様がいれば、ちょっと他の男は見劣りしちゃうわよね」
「そんなことはないけど…」
その時、カチャリと音がして、門が開いた。二人が見ると、直樹が汗を拭きながら入ってきた。
「噂をすれば……」
「ふふ」
顔を見合わせて笑い合っている二人を見て直樹は不思議そうな顔をした。
「どうした?」
「んん、別に」
「そうか。朝夢見ちゃん、いらっしゃい」
「おじゃましてます」
「どんどんお邪魔してくれていいよ。受験勉強で疲れているようだし、話し相手になってやって」
「でも、ミキちゃんが時々来てますよね」
「あぁ。いつも台風みたいに、ベラベラって喋って帰って行くよ。な」
「ほんと、元気なのよ」
楽しそうな兄妹だと、朝夢見は様子を伺っていた。
「お兄ちゃん、ロードワーク?」
「あぁ。疲れたぁ」
「どこまで行ったの?」
「いや、ぐるっとひと回りしただけど、今日はあんまり調子がよくないわ。風呂でも入るか」
「沸いてるわよ」
「そっか。サンキュー」
そう言いながら直樹は家に入ろうとして、立ち止まった。
「おう、由理子、一緒にどうだ」
「はいはい。今日は、朝夢見ちゃんと話してるから、また今度ね」
「そうだな。朝夢見ちゃん、ごゆっくりぃ」
直樹が家に入っていくのを見届けると、朝夢見は由理子に話し掛けた。
「ほんと、気さくな、いいお兄さんね」
「まぁね。でも、どうしてあんなに人気があるのか、わかんない」
「え?」
「だって、こうして見てると、どこにでもいる普通のお兄ちゃんでしょ」
「そりゃ、普段の生活はそうかもしれないけど、野球やってるときの直樹さんは、やっぱりカッコイイじゃない?」
「でも、人よりちょっと上手なだけでしょ。もっと上手い人はたくさんいるわ」
「そんな風に言ったら、身もふたもないじゃない」
「いいお兄ちゃんだけどね」
「ねえ、由理子さんの好みの男の人って、やっぱり直樹さんみたいなの?」
「え…。んー、よくわかんない」
ちょっと悩む仕草が可愛いと、朝夢見は思った。
「じゃあ、どんな人がいいの?」
「あたし?特にないけど…」
「何よ、あたしに、恋愛指導していたくせに、自分は恋愛の経験もないの?」
「指導なんて。ただ、あたしは、一般論を」
「あぁ、ひどいなぁ。一般論で、あたしの恋愛を指図してたのね。親身になって心配してるふりして」
朝夢見はちょっとふざける調子で駄々をこねた。由理子はそんな朝夢見がかわいく思えた。
「もう、朝夢見ちゃんったら」
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