なんでそこに座っているのかな
今日もお空は透き通っている
星砂の浜辺を風に吹かれて歩く私は
見上げたり、水平線に目をやったりして
今日も今日とて過ごしていた。
絶え間なく輝き続けるお星様は
相も変わらず地上に降り注いでいる。
この光景は毎日見ているけれど
いつ見ても美しい限りだと思う。
もっとも
他の光景なんて知らないのだから
この閉鎖された世界以外の景色なんて
実際に目にしたこともないのだから
私の美的感覚なんてアテにならないか。
「ひかくたいしょうが無いかな」
ポツリ呟いた声は波にさらわれて
風に運ばれ遠くに吸い込まれていく
それを耳にする者は恐らく居ないだろう。
生まれ落ちた時からこの姿で
砂と森と美しい緑の海と星の降る空
そして、生きているのはこの私だけ
ずっと一人で生きてきた私には
他の世界のことなど知る由もないのだ
一体どんな光景が広がっているのかとか
甘いお菓子がどうだとかなんてことは
マリトッツォなんて名前のお菓子
毎日降ってくるイタリアとかいう国のお菓子
……そんなものは知る由もないはずだった。
よもや、右手に掴まれているとは
本来ならありえない事だった。
「……ん、だから甘いの苦手だって
昨日も散々祈ったんだけどな」
はむはむと、手に持ったお菓子を頬張り
これまた他に聞く者のいない文句を零す
´明日はもっと甘さ控えめで´と祈ったのに
どうやら星に願いは届かなかったらしい。
いや、星っていうか´彼´っていうか
このお菓子を降らせている張本人ていうか
非常に聞き分けのない男というか。
「……どーせ´食べてたら慣れるよ´とか
勝手なこと言ってるんだろうなぁ!」
口の中に物が入ったまま叫んだので
もごもご、モガモガッと実に情けないけど
自分以外に人がいないからこその怒号だ。
けれど、けれどね
「´そんなこと言って、でも結局
ちゃんと毎日食べてるじゃないか´
だとか、きっと言うんだろうな……!
そ、想像が簡単すぎて頭にきたかな!」
5年前にここから消えてしまって
そして今なお、どこか違う世界から
こんなお菓子を送ってくる人間の事を
「私の木の椅子に勝手に座って
言って、くるんだろうなぁ……っ!」
またしても、頬に縦筋が入っていく
緑色の海とは違う透明の水滴が流れていく。
5年間流しつつけた悲しみの涙は
やはり今日も同様に落つるのだ。
「……甘すぎるかな……甘い、甘いよ
もっと控えめでって言ったのにな……」
涙に溺れながらも
食べの手は止まってなかった
そして、涙も止まることはなかった。
5年もの歳月が流れてなおも
未だに彼は私の心に居座っている
こんな弱音を吐かせた罪深い男は
まだ、あの木の椅子に座っていた。
「……会いたいなぁ」
キラリ
そして星は、煌めいていた。
※※※※
瞳の奥から流れるしょっぱい液体
それが完璧に止まってからこの私は
マリトッツォ、ちゃんと食べ終わってから
いつもの浜辺に向かって歩いていた。
「いっぱい、泣いたかな」
涙がいつもよりも多く流れてしまった
普段はせいぜい1滴2滴くらいなのに
どうしてか今日はわんわん泣いてしまった。
あんなに悲しみに暮れたのは
彼が居なくなった日以来だろうか?
思い返してみれば恥ずかしい限りだった
何度も何度も´会いたい´と泣き叫んで……
「ああぁっ!?思い出しちゃダメかな!!」
その場でジタバタと精一杯の抵抗をして
忌まわしい記憶を振り払おうとする。
手とか足とかがハチャメチャに動く
砂粒が宙に舞って髪の毛が振り回される
だけれども記憶は振り払えない。
「いつまで好きなままなのかなぁ
もう、好きじゃなくていいよぅ……」
ただ悲しいのであれば耐えられるけれど
このもどかしくて痒くてあっつい気持ちは
´好き´という気持ちはそうじゃない。
ものすごく恥ずかしくて気持ちが悪くて
胸が苦しくてたまらないって気分になる
この気持ちは悲しいのよりも耐え難い。
身悶えするような気持ちは拭えない
むしろドンドン悪化しているぐらいだった。
そんな重症の心を抱えながら私は
照れに押しつぶされうつむき加減だった
自分の姿勢に喝を入れて前を向いた。
さっさと元の場所に戻って
ギシギシ音のなるようになった
お気に入りの木の椅子に揺られるとしよう。
それでこの海の向こう側を見て
ゆうたりとしていようじゃないか
という考えでの、行動だった。
……が。
´ゆうたりと´って言うのはどうやら
この先しばらくは無理なようだ。
私は、姿勢を正し、前を向き、そして
驚くべきものを見て、突然駆け出した。
まるで思いっきり殴られたみたいな
ガツンという衝撃が身体を走ったんだ
考えるまでもなく、心が駆けていたんだ。
足の裏が沈んで、砂を撒き散らしながら
柔らかい砂浜を乱暴に踏み荒らしていく。
景色が視界の端を素早く流れていく
ごう、という風の音が耳に打ち付ける
走ったおかげで息が上がるけれど
そんなことは気にしてる暇がない。
だって
だってね
こんなになって走り出す前
ふと前を見て、目に写ったもの
遠くに見えた片鱗だったけれど
その時はただのくらい影だったけど
目指していた場所、居座るべき所に
ありえない誰かの影が見えたのだから。
まさか、まさかそんな訳は
ちがうそんなはずがない。
ドクンドクンとすごい速さで
脈打つ血液が、流れる景色が
只事でないと告げている。
走って
走って
転びそうになりながら
かってないほどに走って
やがてその場所に至った
そしてそこに居たのはーー
「な、なんでそこ……に
座って、いるのかな……?」
「……おや随分久しぶりだね
息が切れているよ、膝の上に座るかい?」
私が何とか絞り出した質問に対し
軽い冗談のような返しをしてくる彼は
ちっとも変わらないふざけた態度だった。
途方もない優しさの籠った声で
実に、5年ぶりの問答をしたのだが。
なんでそこに座っているのかとか
細かいことはどうでも良くって
私がしたいことはひとつだけ
「会いたかったかなぁ!」
……思いっきり飛び付くことだった。
「わ!?」
大切で、お気にりいで思い出深くて
愛用していた美しい木造の椅子が
派手に、豪快に、痛快に
突然増えた´もう1人の体重´を
元から壊れ気味だった大事な椅子は
支えきれず、バラバラに崩れていったんだ。
ということは
そのまま地面に倒れ込んで、それから
必死に彼のことを手繰り寄せるんだ。
「お、落ち着いて……ね?
ほら椅子が壊れてしまったよ」
何か言ってるけど知ったことじゃない
そんなくだらない椅子のことなんて知らない
「……分かったよ、そうだね
うんいいよ、沢山お泣きよ
ずっと撫でてあげるからね」
「ううん、それじゃ足りない……かな
思いっきり抱きしめて……ほしいかな」
※※※※ ※※※※
星明かりに照らされて灯った
海面に反射する緑色の光たちは
踊るように輝き、散らばっている。
浮かび上がったのは何も海だけではない
砂浜の上のシルエットがふたっつだけ
意味や理由なんてものはどうでもいい
なんの因果関係かなんて考える必要は無い
ただ、この瞬間を噛み締めてだけいよう
ーー今はただ、それだけだ。
「ずっと、会いたかったんだよぅ」
「奇遇だね、それは僕もなのさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます