愛含めのつがいマリトッツォ

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

明日のはもっと甘さ控えめがいいな。


 揺れる木の椅子はミシミシと音が鳴り

年季を感じさせる。


 日照りは陰りを見せつつあって

眼前に広がるのは、透き通る緑の海原だ

髪の毛がふらり、ふわりと流れて散る。


 ここは星の降る海の砂浜

私の他に生きているものは無い

背後にもどこにも木や森以外は何も無い

命の残り香すら伝わってきやしない。


 そんな中私は膝の上に乗ったお盆から

とあるスイーツを手につかんで眺める

これが毎日空から降ってくるんだ。


 これを見るといつも思うことがある

近い過去の記憶が呼び起こされもする。


私は思う


 時には無様に飛び込んでみる必要がある

中身がなにか分からなくとも、意を決して。


 結果が先にわかっていることなど

人生において、そうある事じゃない。


 人の行動は習慣によって形作られる

日々の言動がやがて性格と成り果てるのだ。

数千度の熱で溶ける鉄の液体が、固まって

凡人程度の力では捻じ曲げられないように、

習慣に基づいた性格はなかなか変わらない。


だから…なのか

そのせい…なのか。


 頭ではわかっていたのだとしても

理屈で、片付けることが出来るとしても

のっぴきならない状況に瀕した時

己自身のみが、ものを言うのだ。


 飛び込まなくてはならない状況とは

そして私の性格が影響することはまさに。


…目の前の有事についてだ。


 イタリアお菓子のマリトッツォ

その中には指輪が隠されていたり

はたまたつがいの片割れに送ったりする。


 クリームをパンの生地のような物で挟み

甘くてフワフワした古代ローマ発祥のお菓子

男の人から女の人へと伝わる

愛しのマリートからの贈り物


 これをここに持ち込んだ彼が教えてくれた

彼の元住んでいた世界での逸話だった。


 デザートは甘いと言うけれど

今の私はそんな気にはなれなかった。


 それは私が踏み出すことの出来なかった

目の前の、覚えのある可愛らしいケーキは

かつての自分自身の業を思い起こさせる。


私と彼との切ない思い出


ー遡ること、5年前。


※※※※ ※※※※ ※※※※


「いつになったら帰るのかな」

 私は今日もそこに居座っている彼に

素っ気なく刺々しく無感情に言い放つ。


「帰る方法をみつけたら、かな」

 そう言ってもう半月もここにいる

帰る方法を見つけると何度言ってても

一向に何もする気配はしない、不可解だ。


「そこ、私の椅子なんだけどな」

「膝の上が空いているよ、おいでよ」


「どっちかと言うと

膝の下が希望なんだけどな」

「そんな大胆なこというんだねキミ」


「…何勘違いしてるのかな

変な想像しないで貰えるかな」

「そんな怖い声出さないで、怖いから

そんなに怖かったら寿命縮んじゃうよ?」


 ブラックジョークもいいところだ本当に

自虐という域を、完全にはみ出ている

そういう命を使った嘘や冗談は好まない。


 ギシギシと椅子のどこかが物音を立てる

普段私が座ったところで起きない現象だが

彼の方が体重が重いから音が鳴るんだ

傷んじゃうからやめて欲しいんだけれど


どうせ言ったって聞かない。


私は言った。


「わらえない冗談やめてくれないかな」

「違うよ、知っての通り冗談ではないよ


せっかく出会えたって言うのにさ

全くもって冗談じゃないよねコレ」


この星の降る海の浜辺でのこと

ここに人間は本来来れるものでは無い

それがある日突然彼はここに現れたんだ。


 前触れもなく瞬きをして目を開けたら

あの木の椅子に腰掛けていたら目の前に。


「だから早く帰ってって…言ってるのに

私の言うことを聞けばいいんじゃないかな」

「キミがここにいる限りは帰らないさ

方法を探すつもりは、微塵もない」


私は人間ではなくて

彼は人間なのだから


 この領域は人間の住める場所じゃない

だからきっといつか消えてしまうんだ。


「……そんなこと言ったって!

いつ、消えちゃうか分からないんだよ」

「キミが怒るのなんてすごく珍しいね

もしかしたら星なんか降っちゃうかもね」


「笑える冗談言うのやめて貰えないかな……」

「顔ではなくて心が笑ってるのかな

無表情で笑ってるとか言われても怖いな」


「しゃ……喋り方真似しないで貰えるかな」

「この話し方、だいぶ好きなんだけどな」


「馬鹿にしないでもらえるかな」

「膝の上においでよ、立ってないでさ」


「変なところ触ったらひどいよ」

「それじゃあ座れないよ」


「そういうこと言ってないかなぁ!」


「あはは」

「なにわらってるのかなぁ!?」


 毎日こんな会話を繰り返して生きている

この半月の間、飽きることも無くずうっと。

帰る方法を探すこともせずにただこうして

いつも私の椅子を奪って、話しかけてくる。


「座らないのかい」

「……座らないかな」


 こんな問答をいつも繰り返している

もはや帰る気はないのだろう、この男は。


 彼は病気で死んでここに来たんだという

心臓の鼓動が止まり、そしてもう二度と

その両の目を開けることは無いはずだった

でも、なんでかここに来てしまったのだ。



 それは変わることの無い日常であって

今日も今日とて同じ一日になると思ってた

……思いたかったけれど無理だったんだ

2人ともその日は何かを感じていた。


 文句を言いながらも初めて

彼の申し出を受けいれたのもきっと

`何か違うもの`を感じ取っていたからだ。


「僕の故郷にはね、お菓子があるんだよ

スイーツとかデザートとか言うんだけどね


マリトッツォっていうお菓子があるんだ

パンの生地にクリームを挟むんだよ


男の人が女の人に渡すんだけどね

その中には指輪が入っているんだ」


「急に…なんの話なのかな」

「キミに食べさせてあげたいなってさ

でもここには何も無いから無理だなってさ」


 この日は何かが違っていたんだ

軽口を叩き合うだけではなかった。


だから、私も同じようにしてみたんだ


「星にお願いしてみたらどうかな」

「願いがかなったりとかするのかな?」


「もちろんそんなわけないけど

でも、試すのもありなんじゃないかな


願えそうなお星様はいつだって

どんな時だって落ちてきてるからさ」


 背中に温度を感じる、生きた背もたれだ

座り心地は全くもって良くないけど

…あんまり嫌じゃないかな。


「じゃあさ、もしさお願い叶ってさ


そうしたら僕があげて、食べてくれる?」


「どうしようかな」

「食べておくれよ」


「甘いものとか好きじゃないし

なにより、君からもらうよりも」

「僕から貰うよりも?」


「…やっぱり言うのやめようかな」


「ねぇ、この先の言葉いってほしーー」


ーー落ちた。


星でも願いでもなんでもなくって

私の体がストン…と椅子の上に落っこちた


「え……?」


・・・・・

彼の膝から落っこちた



「わ……わらえない冗談やめてくれないかな

ちょっとはタイミング考えてくれないかな


おしり痛いよ、椅子だって変な音したよ

スイーツがなんだって言うのかな?


まだ私答えてないんだけどなぁ

こんなの納得いかないんだけどなぁ……!」


顔は涙に濡れて


まるでこの海みたいな具合だった


声はからからに枯れて


 そう、その日は始まりから何かが

どこかが違ってしまっていたんだ

いつもみたいに軽口を叩き合うにしても

明確に指摘出来ない違いがあったんだ。


 言い伝えることが出来なかったんだ

素直になるのが遅すぎてしまったんだ。


あの人は消えてしまった


`そのマリトッツォっていうお菓子を

私からあげるってのはどうなのかな?`



その言葉を向ける相手は


居なくなってしまった。



それが5年前のこと。



響き渡る苦しみ喘ぐ鳴き声は

まさしく後悔からでたものだった。


悲しみはどれだけ泣いても

癒えることはなかった。


※※※※ ※※※※ ※※※※


ツーっと頬を流れる雫


 それを感じとったその瞬間

現実に引き戻されるのを感じた


 思い出す度に泣いてしまうけれど

それでも毎日絶やすことなく思い返す。


 忘れたくないからではなくて

彼のことを考えていたいから。


 5年もの歳月が流れているというのに

その記憶も心も、色褪せることを知らない。


ギシ…


膝の上に乗ったお盆

音のうるさい木の椅子


そしてこの海。


 1年後も5年後も10年後も変わることは無い

ずっと生き続けて、ずっと想い続けるんだ。


 言えなかった言葉を胸の奥に抱えて

彼がいてくれた時間を大切に覚えておく


誰かといる幸せと

誰もいない孤独を


…教えてくれたのだから。


「涙、そろそろ止まってくれないかな」


私は


マリトッツォという名前のケーキを

私は今日も掴み取り食べていく。



 彼がいなくなってしまった時間に

毎日こうして星の代わりに降って来るんだ


…かれの願いは届いていた。


 彼が食べさせてくれているんだ

願いは今もなお届いている。


 つまりどこかで祈り続けてるってこと

私の世界から消えてしまったあとも

私の知らない世界で生きているってことだ。


それだけ分かってれば満足だ。


ただ唯一文句があるとするならば


「ちょっと甘すぎだなぁ」




明日のやつは


もう少し甘さ控えめでお願いしたいな

そう、消えてしまった彼におねがいする。



キラリ



煌めいた気がしたーー。


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