第2話 唯一の誇り
口の中いっぱいに頬張ったパフェをごくりと飲み込み一息ついて、太陽はおずおずと向かい合って座る智里に問いかけた。
「あ、あの、鳥海さん?」
「ふふ、なぁに?」
「どうして僕にこんなに優しくしてくれるんですか? いくらアニマが余ってるからって、服を買って、映画を観て、こんなスイーツまでおごるなんて、普通はしないと思うんですけど……」
そんなことかとでも言うように、智里は柔らかく微笑み、上品にパフェを口に運んだ。
「お祝いしたかったの。私は終導師として色んな死神の面倒を見てきたけど、三年も死神をやってて『劣』のままの人は初めてでね、どうしたらいいんだろうってずっと悩んでた。こんなに一生懸命仕事を引き受けてるのに失敗続きなんて、見ていられなくって」
「はぁ……。そうですよね。心配、かけましたよね……」
「だけど影咲さんと組んでからは順調みたいじゃない? 本当は『凡』に上がった段階でお祝いしたかったんだけど、気がついたら『優』にまでなってるじゃない。私死神になってから一番ってくらい嬉しくて! だから今日のことは全てお祝い。遠慮せずに受け取って!」
「あ、ありがとうございます」
そんな風に親身になってくれていたことが嬉しくてたまらなかった。
美人な上に面倒見もいいなんて、非の打ちどころがないじゃないかと太陽は深く頷いた。
「ねぇ、霧島君の話、もっと聞かせてほしいな」
「でも、さっきから僕ばかり話しているような……」
「いいの。私が聞きたいんだから」
紙ナプキンを敷いたテーブルの上にパフェの長いスプーンを置くと、智里は組んだ手の上に可愛らしく顎を乗せた。
「いつかの面談で、霧島君、自分が不幸体質だって話してたじゃない? どんな感じだったのか詳しく聞きたいなって前から思ってたの」
「不幸体質のことですか……」
「うん。お願い」
そんなことを聞いてどうするのかという気持ちしか湧いてこなかったが、智里は本当に聞きたそうにしていた。渋々話すことにする。
「えっと、そうですね……。普通、不幸体質って言ったら本人だけが不幸になるって思うと思うんですけど、僕の場合はちょっと違っていて、僕じゃなくて周りを不幸にする、たちの悪いやつで。皆から疫病神なんて言われて、嫌われてました」
「そうだったんだ。辛かったね」
「いいえ、人を不幸にしたら恨まれるのは当たり前ですし。本当、なんであんなに事故や病気を呼び寄せてしまったのか……。いつも自分が嫌いでした」
「不幸体質は死神になってからもなの?」
「あ……いいえ。死神になってからはそういうのはないです。ブラザーやってた先輩も平気でした。そういえば全然気づかなかったけど、なんで死んでからはなくなったんだろう?」
「むしろ幸運を呼ぶ神って感じよね。霧島君が仕事を引き受けると、死ぬはずだった人が生き延びちゃうんだし」
「幸運……まぁ、確かに。僕にとっては結構災難なんですけど」
「そうねぇ。死神としては生きられちゃうと困っちゃうからね」
智里は苦笑する。返す言葉に困っている表情を見て太陽はハッとした。
(せっかく明るくしようとしてくれてるのに、なんで僕は暗いことばっか言ってるんだろう……)
話を振ってきたのが智里とはいえ、いくらなんでも暗い話ばかりでは空気が悪くなってしまう。
何か明るい話題はないかと考えを巡らせると、そういえば一つだけ誇れる話があったことを思い出した。その話なら問題ないだろう。
「幸運と言えばなんですけど、こんな僕でも一つだけ頑張ったって思えたことがあるんです」
「え? なになに? 聞かせて!」
「えっと、十歳の時のことなんですけど、僕はクラス全員から無視されてて、今日もつまんないなって思いながら授業中に教室の窓から外を見ていて……じゃなくて!」
出だしから急に暗くなってしまい、慌てて話を切る。全く、どうして自分にはこんなに人を楽しませる才能がないのか。
笑顔のまま続きを待っている智里にヘラヘラと情けない苦笑を浮かべながら、暗いところを飛ばして再開する。
「とにかく僕は窓の外を見ていて、そしたらベランダの所に青い鳥が止まっているのに気づいたんです。結局それ、どこかの家から逃げ出してきたインコだったらしいんですけど、当時の僕は童話の青い鳥みたいだ、なんて思って無性に追いかけたくなって、学校を抜け出しました。具合が悪くなったって嘘ついて、保健室に行くふりをして昇降口から外に出たんです」
「あら、悪い子」
「さぼったのは後にも先にもその日一日だけです。青い鳥は昇降口を出た所にいて、僕が近づくと飛び立って、こっちにおいでって誘われてるみたいでした。なんだか物語の登場人物にでもなった気分で、僕は青い鳥をずっと追いかけていったんです。商店街を抜けて、住宅街を走って。そしたら目の前で、小さな女の子が車にひかれました」
「え? 車にひかれたの?」
「はい。それもひき逃げで。女の子は車に引きずられて、腰から下はぐちゃぐちゃで、頭も血だらけで、右目の辺りとか肉が見えるほど酷いことになってて……」
「ねぇ、霧島君? それって本当に幸運の話よね? ちょっとグロテスクで驚いちゃってるんだけど……」
「あ……す、すみません! とにかく僕はびっくりして、恐る恐る女の子に近づいたんです。苦しそうだけど息はしてたから、救急車を呼ばなきゃって思ったんですけど、周りには誰もいない。困ったなぁってキョロキョロしてたら、僕が追いかけてた青い鳥があそこって言うように、中央総合病院の方に飛んでいったんです。僕は女の子を抱えて、病院まで走りました。ちょうどうさぎちゃんくらいの大きさだったから、一人でもなんとか運べたんです」
「女の子は?」
「助かったみたいです。病院の先生は奇跡だって言ってました。僕が連れてかなかったら、まず助からなかったって。こんな僕でも誰かの命を救えたんだってことが、誇りなんですよね……えへへ」
智里は目をキラキラと輝かせて、拍手した。太陽はくすぐったそうに首筋を掻いた。
「へぇ~、凄いじゃない! 人助けなんて、しようと思っても出来ないものよ?」
「まぁ、結局僕は学校をさぼったことが親にばれて散々しかられましたし、女の子のお母さんからは僕が運ぶ時に頭を揺らしたせいで酷い後遺症が残ったって、凄く責められたんですけど……」
「責められた? 命を助けたのに?」
「はい……。謝罪もお見舞いも要らん! って病院のドアをぴしゃりと閉められてしまって……。影咲さんみたいな真っ直ぐな黒髪と白い肌をした、怖い顔の人でした」
「そこは不運だったのね。でも凄いことよ? 私は霧島君のこと、誇りに思う」
「そ、そうですか? 鳥海さんにそう言ってもらえると、僕もなんだか鼻が高いです」
智里は眩しそうに微笑み、再びパフェを口へと運んだ。
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