第4話 大死卿

 Cherryこと星宮昴の死亡予定時刻は夜の七時になっていた。

 見学は夕方には終わるという話だったため、終導師の見学に行ってから現世に向かっても十分間に合う時間だ。

 アザミは貴重な情報を聞くのは一人でも多い方がいいと言って、うさぎと一緒に朝早く死神局へ来ていた。


 指定された通りロビーで待っていると、深紅の死神が現れた。昨日の戦いを思い出したのだろう、うさぎは炎華の姿を見つけるなり、警戒したようにアザミの後ろに隠れた。


「案内役、アンタなのかよ」

「わたくし、こう見えてかなり激務ですのよ。わたくしの案内を受けられるなんてVIP待遇以外の何物でもありませんわ」

「メガネは来ねぇのか?」

「まぁ、なんて乱暴な名づけですこと。育ちの悪さが露見しますわね」

「わぁ、そうですね! 問答無用で斬りかかってきたどこかの箱入りお姉様と比べれば、私なんて常識的な庶民そのものだと思います!」


 炎華とアザミは笑ったままにらみ合う。

 言葉の裏に隠された敵意を感じ、うさぎはあわあわと二人の顔を交互に見た。


「ま、仲良くやろうじゃねぇか。チビが泣き出しちまう」

「そうですわね。早速参りますわよ」


 炎華は死神局の三階へアザミ達を案内した。

 三階より上は普通の死神には縁のない場所なので、アザミもうさぎも来るのは初めてだった。炎華が『関係者以外立入禁止』と書かれた扉の横のセンサーに手をかざすと、家の玄関と同じようにロックが解除された。


「ここでも生体認証システムを使ってんのか」

「正確には魂の情報を読み取っていますわ。わたくし達には肉体がありませんから」

「なるほど。便利だもんな、この死神の体」

「便利とは?」

「とぼけんなよ。終導師なら知ってんだろ。アタシらは存在はしているが実体はない。転送ゲートを使えば好きな場所へ一瞬で飛べるし、アタシらの身体情報は全てタブレットと同期されている。これらを統合して考えれば死神の正体が何なのかは自明だ」

「あら。では答えをお聞きしましょうか?」


 炎華はドアノブにかけた手を引き、赤くにじんだ瞳を細める。


「簡単に言えば電子情報だ。電子回路を脳のニューロンのように配置して意識を作り、電磁波でホログラム様に姿を形成する。まぁ、波長は人間の可視光領域から外れてるんで、生身の人間からは見えないようだがな。だから手をかざせばICカードの要領で認証を取ることが可能だし、タブレットを使えば自分の体を自由にカスタマイズ出来る。そもそもタブレットや大鎌自体、自在に出し入れ出来て体と同期している以上、体の一部のようなものなんだろ」

「そんなことまでわかっているんですの? 死神局のデータベースにでもアクセスしたのかしら?」

「バーカ。転送ゲートのある死神局が電波塔の形してる時点で自明だろうが」

「あら、愚問でしたわね」


 炎華は扉を開け、アザミとうさぎを中に引き入れた。中では死神達がデスクトップ型PCに向き合い、キーボードをカタカタと打っていた。

 どこにでもあるオフィスという感じだが、死神の格好が全員スーツではなく、炎華が着ているのと同じ修道服だった。襟の色は自由にしていいらしく、でんでバラバラだった。

 また見た目も子供から老人まで様々で、仕事場というより図書館の一角のようだ。人数は三十人程度だろうか。


「終導師ってのは思ったより少ないんだな」

「ここにいるのはサーバー管理部門の方々ですわ。主に死神局にある仕事受注端末のデータを更新したり、不正アクセスがないか監視したりしています」

「案外管理はアナログなんだな。これだけ電子化されてんだから全自動なのかと思ってた」

「ここにあるシステムは代々管理能力の高い死神が構築したものですから。元々は紙で管理されていたのですよ。わたくし達は電子情報で出来ているのに、おかしな話でしょう?」

「そいつは大変そうだ。んで、アタシをスカウトしたいっていうのはここで働かせるためか? 確かにアタシほどのハッカーはそうそういねぇだろうが……」

「あら、違いますわよ。貴女のスキルを誰にでも出来るデータ入力に使うなんて、さすがのわたくしでも宝の持ち腐れだとわかりますから」


 炎華はアザミ達についてくるよう手招きし、キーボードの音が鳴り響く部屋の隅を進んだ。

 うさぎはきょろきょろと辺りを見回しては、アザミ達に遅れないよう小走りで後を追った。


「みんな、おんなじふくきてる」

「あれが終導師の制服なんだろ。そういや、アタシも終導師になったらその野暮ったいの着るのか?」

「これを野暮ったいと称すとは。この終導服しゅうどうふくはわたくし達の忠義の象徴ですわ。そういえば、まだ終導師という職業が何なのか説明していませんでしたわね」


 歩きながら、炎華はすらすらと説明する。


「わたくし達は魂を回収することで転浄の門をくぐる許可を得て、新たな命へと生まれ変わることが出来ます。ですが、新たな人生が前世より辛いものであれば、きっとまた自殺したくなって死神になってしまうでしょう。

 そこで死神局は一つのチャンスを与えているのです。死神の通貨であるアニマを一定額以上支払えば、生きやすい条件下で生を受けることが出来る。

 生きやすいとは、裕福な家庭であったり、飢餓や戦争のない豊かな国であったり、健康であったりというように細かく条件付けがされ、より多くのアニマを納めることでランクの高い人生を選ぶことが出来ます」

「要するに、終導師ってのは手っ取り早くアニマが稼げて、いい来世を手に入れるエリートだって言いてぇんだな?」

「人の話を遮ってはいけないと、お母様から教わりませんでしたの?」

「まどろっこしい話し方すんのが悪いんだろ。んで? 人生楽して生きたい勝ち組狙いの終導師様はなんでそんな制服を着てんだ?」

「随分な言い草ですが、無知に免じて咎めないでおきましょう。この服は我らが大死卿だいしきょうへの忠義の証です」

「だいしきょう?」

「死神の頂点に立ち、運命の糸を紡ぎ未来を導く者。終導師の、いえ、全死神の主です」

「そんな大層な人がいるなんて知らなかったな」

「大死卿はその姿で表に出てくることはありませんから。姿を直接見ることが許されているのも、わたくしと秋人様だけです」

「アンタ、そんなに特別な終導師だったのかよ」

「ええ。理解出来なようですが、わたくしはかなりのエリートですのよ」

「まぁ! そんな凄い人からスカウトされるなんて、私とうさぎちゃんはラッキーですね!」

「ええ。これほどの立場の違いすら気づかずにアンタなどと呼んでくださって、光栄なこと極まりないですわ」


 一触即発の空気を感じ、うさぎが喧嘩はやめてと言うように顔をブンブンと振った。アザミは後輩モードを解き、炎華に問いかけた。


「だが、そんな堅苦しい服を着てない終導師もいるよなぁ? 鳥海智里、何故かマスターキーでセンパイの部屋に侵入してくる寮の管理人」

「ああ。彼女は特別ですから」

「特別?」

「わたくしの部下になれば意味が理解出来ますわ。それに、死神局の外でしたら着用の義務はありませんの。少々目立ちますからね」


 話しながら部屋を突っ切り、反対側の扉から外に出た。そこは廊下と表現するには狭い小部屋のようになっており、奥に電子回路の基盤のような模様をした青いブースがあった。


「あれって、てんそうげーとだよね?」

「そのようだな。わざわざこんな場所にあるってことは、行き先は現世ってわけじゃねぇんだろうが」

「ご明察ですわ。ここからは天紡台てんぼうだいへ飛べます。常に周囲に妨害電波を発しているので、天紡台へはここからしか入れません」


 炎華はアザミとうさぎと一緒にブースに入ると、センサーに手をかざした。足元が青白く光り、アザミ達は光になってどこかへ飛ばされた。

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