第2話 辰夫の死亡動機
ひとまずアザミには、辰夫がうさぎのために買っておいてくれたペロペロキャンディーで我慢してもらうことにし、太陽とうさぎで散らばったブレスレットを片づけた。
「あの、辰夫さん、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「違ったらすみません。このブレスレットってもしかして辰夫さんの手作りですか?」
「そうだよ。作り始めたのは去年だから、少し不格好だがね。女の子が一緒だっていうのに、玩具の一つも買ってやれないようじゃあ可哀想だろう? かといって外へ働きに出て部屋を留守にするのも気が引ける。それで内職を始めたんだ」
辰夫の視線につられて、引き戸が半開きになっている寝室の方へ目を向けると、作業机の上にはビーズの入ったケースが並び、作りかけのブレスレットが置かれていた。今日も太陽達が訪ねてくるまで、ずっと作業をしていたのだろう。
「内職? でも階級は『優』なんですよね? ならそんなことをしなくても、アニマくらい簡単に集められるんじゃ……」
「殺害による死の案件は受けないことにしているんだ。殺しの大半は強い憎しみによって生まれる。私はどうしてもああいう狂気じみた目をした人間が苦手なんだ。事故死も、予期せず死んでしまうことに絶望した人を見たくないからなるべく避けていてね、私が受けている物の殆どが病死の案件だよ」
「そうだったんですか。優しいんですね」
「どちらかというと根性なし、ただの怖がりだよ。自分を殺すなんて大罪を犯しておきながら、死神としての仕事から逃げようとしているんだ」
辰夫と話していて思う。もしかしたら、うさぎにとって事故現場というのは慣れ親しんだものじゃなかったのかもしれない。
うさぎが両親の魂を回収したあの日、死神だから大丈夫だろうと両親の死亡予定地に一人で向かわせてしまったことを今更ながら後悔した。
「んな身の上話はどうだっていいんだよ。早くCherryの話を聞かせろ。見るからに一般人なアンタがどういう経緯でCherryと知り合ったんだ?」
アザミは口に入らないほど大きなペロペロキャンディーにかじりつきながら尋ねた。
辰夫は最後の一つのブレスレットをコルク板にかけると、アザミの向かいに座った。
「直接会ったわけじゃない。私とやり取りをしていた男が口にしていたんだ。口ぶりからするに、その男に指示を出している人物の呼び名だとわかったんだ」
「男の名前は?」
「
「声がかかった時の状況は?」
「会社帰りに声をかけられたんだ。何故かその時には名前も住んでいる場所も知られていたよ。金に困っていたこともね」
「借金か?」
「借金をしていたわけじゃないんだが……」
辰夫はハンカチで額に滲んだ脂汗を拭いた。気温が高いわけでもないのにアザミと話し始めてから止まらなくなっている。
いくら相手が十二歳とはいえ、矢継ぎ早に詰問されて相当なプレッシャーを感じているようだ。
片手で忙しなくタブレットを弄っていたアザミが手を止め、顔を上げた。
「どうした? 言わねぇならアンタの記憶領域をハッキングするだけだが」
「は? 記憶をハッキング?」
「ああ。アンタの見られたくない過去まで丸裸だ。そうされたくなければ、さっさと吐け」
「……女だ。私より一回り若い女と私は付き合っていた。その彼女から大金をねだられたんだがね……」
辰夫は両手で顔を覆い、力なく首を振った。アザミは苛立ち、テーブルを荒々しく蹴った。
「話さねぇとマジでハッキングするぞ」
「わかった。わかったよ。話す。彼女とは行きつけの居酒屋で会った。
出会った日は私の隣の席にいて、彼氏に振られたと泣いていて、私は放っておけなくて彼女の話を聞いた。彼女と付き合うまでそう時間はかからなかった。
一ヶ月くらい経った頃だった。私は彼女からある相談をされた。金に困っている、一千万円、姉が難病を患っておりすぐに手術代が必要なのだと」
「んで一千万円を手っ取り早く手に入れるために春日井の話に乗り、犯罪に手を染めたってわけか。春日井からはなんて持ち掛けられたんだ?」
「私が働いている会社の顧客情報を抜き取ってほしいというものだった。報酬は一千万。彼女から請求された金額と同額だった」
「どこの会社で働いていたんだ?」
「損保会社だよ。私はビルの警備の仕事をしていた。自分で言うのも恥ずかしいんだが、真面目な勤務態度が評価されていて、マスターキーを持たせてもらえるくらいの立場にはあったんだ。
データを抜き取った手口だがね、私は夜の巡回の時間中に予め指定されていた社員のパソコンを立ち上げて、春日井から渡されたUSBメモリを差し込んだ。会社のセキュリティに引っかからないように、予めLANケーブルは抜いておいて、画面に表示されたウィンドウに春日井さんから聞いていたパスワード『CHERRY1613』を打ち込んだ。
すると何やら黒い画面が次々と立ち上がっては消えた。完了の表示が出て、USBを抜いてLANケーブルを戻した」
「そうやってウイルスを仕込み、次に持ち主がPCを立ち上げたら自動的に情報が送られるようにしていたのか」
「私には何のことだかさっぱりだが……。そもそもあのUSBはウイルスを仕込むためのものだったのか……。兎に角私は春日井から一千万円を受け取り、藤野さんにお金を渡すことが出来た。
それから暫く経ったある日のことだった。私は藤野さんから電話を受けた。彼女は私が顧客情報を売って金を手に入れたことを知り、酷くショックを受けていた。
当たり前の話だ。いくら姉の命がかかっていても、犯罪で手に入れた汚い金なんて要らなかっただろう。私はこの時、大きな過ちを犯したと悟った。藤野さんは二度と私とは会わないと言って電話を切った。
それからはいつ逮捕されるのか気が気じゃなくなってしまってね、私は逃げるように首を吊って命を絶ったというわけだ」
「死亡動機までクソ丁寧な説明どうも」
ペロペロキャンディーにかじりつきながら、アザミはタブレット内のエンターキーを押した。何かの処理をしているらしく、中央に立ち上がったウィンドウに『
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