第2話
「はじめまして。」
次の土曜日、指定された料亭の個室で、俺の前に現れた、高そうなスーツを着たお姉さんは名刺を差し出して言った。
「宮廷官御養子選定隊、カツラギ サヤです。」
背中の真ん中ほどまである長いポニーテールで、オールバックの前髪はしっかりと撫でつけられ、固められている。
「ど、どうも」
「いけません。返事は正しく、ピシリと、言ってください。」
ギクリ、とする。もう始まってるのか?何かが試されているのか?
「どうも、ありがとうございます?」
「私は名刺を出して自己紹介をしただけですので、はじめまして、ではないでしょうか?ショウタさま。」
カツラギさんはにっと笑った。
「そんなに固くならなくていいですよ。宮廷官御養子選定隊は、候補の方がどうしても相応しくないと思えば不合格にする権限を持っていますが、そうでない場合は先んじて帝王学を身につけていただきながら試練を乗り越えられるようサポートするのが役目ですから。」
家庭教師みたいなこともしてくれるってことかな?
「ショウタさまは、皇帝家の御養子に入られることについて、どの程度覚悟なさっていますか?」
覚悟、か。
「正直なところ、昨日聞いたばかりなので、何をすれば良いのかとか、どんなことを覚悟したらいいのかとか、あまりよくわかっていません。」
「昨日、ですか。なるほど。」
カツラギさんは少し考えて言った。
「御養子候補を選ぶことが決まったのは、半年ほど前のことです。
時期皇帝として現実的なのは、皇帝の弟のシュウトクさまの息子、ハルシャさま、御年22歳。ハルシャさまがご結婚なさらな買った場合、なさったとしても男児がお産まれにならなかった場合、後継者はいなくなります。
そうなってからでは遅い、そして、現状が続けばハルシャさま及び未来の奥方にかかるプレッシャーは並大抵のものではないと拝察されます。
そこで、万が一の場合に備え、男系男子の血を引く方を御養子として迎えることになったのでございます。
もし、ショウタさまが御養子になられたとしても、ショウタさまが皇帝になることはおそらくありません。ハルシャさまがなられます。ただ、ハルシャさまに男児のお子さまがいなくて、ショウタさまに息子がいらっしゃった場合、その方は皇帝になる可能性があるということです。」
「じゃあ、ハルシャ…さまに息子が生まれたら俺たちの存在は全く必要なかったってことになるのか。」
「そうです。ですが、必要になる可能性も往々にしてあります。
ハルシャさまが側室を何人もお抱えになるならば、その懸念は減りますが、妻を何人も娶るというのは、現代には合いません。」
「必要なくなっても、俺はずっと皇室にいないといけないの?」
「そうです。今回のような後継者問題に終止符を打つためにも、皇室の男系男子の確保は必要なのです。」
親父はたしか「国難」だと言っていた。カツラギさんの話を聞いてい、確かにそうかもしれないと思った。ハルシャはどう思っているのだろう。プレッシャーがかかっているのだろうか。
俺は、会って話をしてみたいと思った。
「俺以外にも血を引いてる候補はいるんだろ?」
「はい。今回、御養子になられる方の条件は、
①ハルシャさまより年下。しかし、そんなに離れすぎていないこと。
②後見人であるご家庭がある程度しっかりとしていて、地位のある方がいらっしゃること。
③責任感のある性格、国民に愛される人間性の持ち主であること。
以上三つに当てはまる方、でございます。」
「え、俺、当てはまります?」
俺は動揺した。①はいいとして、②とか③は…。親父は合気道家ですけど?!
「ショウタさまの母方のお爺さまは商船会社の社長でいらっしゃいますよね。それに父方のお爺さまも有名なスポーツブランドを経営してらっしゃいますよ。」
「え?!」
知らなかった。じいちゃんたちにはたまに会ってたけど。言われてみれば両方でかい家だ。
うちの親父もお袋も、実家との付き合いはあまりなかったような気がする。じいちゃんたちに会った時も、親父とお袋は一緒じゃなかった。俺と妹だけ玄関で降ろされて、迎えにきてただけだったかも。なんかあったんだろう、きっと。
また親父に聞いてみないといけないことが出てきた。
「それに、ショウタさまは文武両道、成績優秀、お友達も多くいらっしゃいます。素晴らしいお人柄かと。」
「調べたんですか」
ビビる…。特に見つかって困る過去もない気はするけど。
「それに、御年齢もショウタさまほど条件にバッチリの方はそうそういないんですよ。」
「あ、そうだ。結局条件に合って、俺と同じ立場の、その、養子候補は何人なんですか?」
カツラギさんはにっこり言った。
「13人ほどでございます。」
「多くね…?」
「そのうち会うこともあるでしょう。まずは私とお話し致しましょう。ショウタさまのことが、もっともっと知りたいのです!!」
サヤさん(そう呼べって言われた)の質問は、好きな食べ物から思想に至るまで多岐に渡った。雑談の延長線で聞いてくるのであまり緊張せず答えられたが、明治維新の話とか、イギリスの三枚舌外交の話とか、歴史の授業であったかもしれないうっすらした記憶を引き出すのに苦労した。改めて説明はしてくれるんだけどね。政治的なことを他人と話す機会はなかなかないので、新鮮だったがとても疲れてしまった。その日はかなり遅くまでかかった。
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