第2話
「……っ、お、いや……わた、私は……私の……っ名前、は……ぁ」
ぶううん。
雑居ビルの一角にある事務所の中。無機質な白いパーテーションに囲われた、長机とパイプ椅子だけの簡易的な会議室に、虫の羽音のような機械音が響く。
「……ぁ、あ、芦原、芦原みずきって、言います……っ!き、今日から、ここで……」
会議室にいるのは四人。
地下アイドルグループ「Vine☆girl」のメンバーその1兼、隣人・なこさん。
Vine☆girlのメンバーその2・ユキさん。
マネージャー兼Vine☆girlの現センター・小牧さん。
そして、そんな三人の視線を一身に受けて立つ俺──「芦原みずき」は今……。
「うーん、ちょっといきなり風が強すぎましたかね?それではガードが緩いですよ」
拝啓、和臣へ。
元気にしていますか?
心配してくれたあなたに、怪しいバイトじゃないから大丈夫なんて言いましたが、ごめんなさい。
俺は今、あなたの「推し」に、生足でミニスカートを穿かされ、扇風機で下から風に煽られる中、自己紹介をさせられています。
「ってか、あの……!これ……!何させられてるんですか……!」
「羞恥に耐えながら、周囲に気を配り、かつ、笑顔で自分をアピールする訓練です」
○
「では改めて。私の代わりにVine☆girlに加入することになりました。芦原みずき君です」
小牧さんに促され、とりあえず、といった様子でぱちぱちと拍手するなこさんとユキさん。
俺は何だか申し訳なくなり、パイプ椅子の上で身を縮めてぺこりと頭を下げた。
──地下アイドルグループ「Vine☆girl」に入ると決めた翌日。
善は急げとばかりに、小牧さんに召集された、俺達三人は今日、事務所で最初の顔合わせをすることとなったのだが。
事務所に着くなり俺は、どこからともなく小牧さんが取り出してきた、パステルカラーのピンクのミニスカートを生足に穿かされた上に「これで自己紹介してもらえますか?」と有無を言わさず促され、今に至っていた。
世が世なら、いや、どの世でも間違いなくパワハラだ。コンプラって知ってる?
ちなみに、今の俺は、ミニスカートの下にジャージのズボンを穿くことを許されたので、そうさせてもらっている。
おずおずと俺は小牧さんに尋ねる。
「あの、さっきの訓練って、なこさんやユキさんもやったんですか……?」
「やってませんよ。だって、さっき思いついた訓練ですから」
「さっき?!」
「訓練と同時にみずき君の素質を測りたかったのですが、よく分かりませんでしたね」
「やり損じゃないですか!」
「私の次の思いつきに期待ですね」
涼しい顔でそう答える小牧さんに、なこさんが嘆息する。
「みずき、コイツ、マジでいつもこんなんだから気をつけるのよ」
「はい、よく分かりました……」
俺が頷いたところで、小牧さんが切り出した。
「さて、みずき君の自己紹介も済んだところで、簡単に、私達の方も挨拶しましょう」
いつものお願いします、と小牧さんがなこさんを見遣ると、なこさんが椅子から立ち上がる。
「はーい!じゃあいくよー?みんなが好きなのはー、いい子?悪い子?私、なこー?Vine☆girlのナス色ツインテールこと、なこでーす!よろしくー!」
……ぱらぱら、と三人分のまばらな拍手が起こる。
なこさんがきょろきょろと辺りを見回して言った。
「え?私、訓練されてる?」
「いえ、素晴らしい自己紹介でしたよ、なこ。では普通に挨拶もお願いします」
「やり損じゃない!」
ツインテールを揺らして、はあ、とため息をつき、なこさんが続ける。
「みずきには今更かもだけど。メンバーのなこ、よ。改めて、これからよろしくね。隣に住んでるんだから、何かあったらいつでも言うのよ?」
「はい。よろしくお願いします」
「あと、もう『那須野さん』は禁止ね。知ってる人にそう呼ばれると調子狂うから」
「わ、分かりました……」
「では次──ユキ、お願いします」
なこさんが座り、今度は、おそらくこの子がユキさん……と思われる男の子が立ち上がる。
おそらく、と言ったのは、俺が知っている「ユキさん」は「Vine☆girl」で「アイドル」をしている「ユキさん」だからだ。
──つまり、女装している時の彼しか見たことがない。
なこさんは今も「なこさん」だから、というか「那須野さん」としても会ってるからいいが、彼とはガチで初対面である。
初対面の人に生足ミニスカート見られたの?俺?
というのは、恐ろしいので考えないようにしつつ。改めて、ユキさんを見る。
俺よりもほんの少し背が高い。小柄だが、よく見ると肩周りは結構しっかりしている。
制服を着ているから高校生なのだろうか。耳たぶにかかるくらいまでの長さの艶やかな黒髪に、秘めた意志の強さを感じるぱっちりとした瞳。おそらく今は化粧をしてないのだろうが、それでも、すごく綺麗な顔だ。
他にも、ウィッグを被って、あのふわふわのアイドル衣装を着たら、なるほど「ユキさん」だなという面影が随所に見える。
……と、そこで俺の視線を感じたのか、ユキさんが口を開いた。
「あの、何か?」
「いや、えっと……ユキさんは、高校生なんですか?」
「そうですけど……あ、学校には黙ってます」
「……ですよね」
「……自己紹介しますね。『杜 幸弥』といいます。杜の都の『杜』に、『幸』せに、弥生の『弥』で『もり ゆきや』です。ここでは『ユキ』と呼ばれていますが、別に『幸弥』でもいいです。歳下ですし、さん付けも敬語もいりません。よろしくお願いします、みずき、さん」
淀みなく、すらすらと述べる姿に、聡明な人柄が垣間見える。
アイドルの時は、もう少し気弱な印象があったけど、もしかしたら、あれはキャラ付けなのかもしれない。そう思うほど、この『幸弥』くんの佇まいは凛としていた。
などと考えている間、ユキさん──改め、幸弥くんは顎に手を当てて、何事かボソボソと呟いている。
「みずきさん、みずきさんって……なんか聞いたことある名前だな」
「……ゆ、幸弥くん?」
「あ、えっと。すみません……独り言です。気にしないでください」
そう言って、椅子を引き着席する幸弥くん。そういえば、俺も幸弥くんの『杜』という苗字には妙な引っかかりを覚えていた。
この字の「杜」ってかなり珍しいと思うんだけど、ごく身近にもいたような。
と、その先を遮るように、からから、と車輪が回る音が響く。小牧さんがどこからかホワイトボードを引いてきたようだ。
ぱん、と一度手を叩き、皆の視線を集めると、ホワイトボードを背に小牧さんが言った。
「はい。二人とも、ありがとうございました。みずき君──私のことは今更だとは思いますが、一応。Vine☆girlのマネージャー兼、まだメンバーの『小牧せつな』です。改めて、私達はあなたを歓迎します。よろしくお願いします、ね」
そう言って、小牧さんが柔らかく微笑む。きっと、和臣が好きな笑顔。俺はそれに小さく頷いて、答えた。
「……はい。まだ、自分に何かできるのか、分からないですけど……」
「今は何も分からなくて当然です。それでも──ここで目指すことがあるんでしょう?」
「……はい」
「聞かせてよ、それ」
なこさんが身を乗り出す。幸弥くんもそれを見て、頷く。
「目標を共有することは、チームとして始める第一歩だと思います」
「と、いうことですから。本題に入る前に、みずき君がここに来た理由、聞かせてもらえますか?」
なこさん、幸弥くん、小牧さんを順番に見る。
なんだか小牧さんに上手く、俺自身の、最後の意思確認を行う流れにされたような、そんな気がした。
口を開く前に、鼻から息を吸う。よし。
小牧さんには一度話している。それでも少し、恥ずかしいけど──いや、さっきのミニスカートに比べればマシか。こうなったら、もうヤケだ。
俺は思い切って、口を開いた。
「じ、実はずっと好きな人がいて。俺、友達らしい友達ってその人が初めてで──すごくいい奴なんです。俺と違って、明るいし、真っ直ぐだし、優しいし、俺が自分のことで嫌だなって思う部分も包み込んでくれて。おかげで、一緒にいると、少しだけ、自分のことが許せてしまうんです。すごいですよね。まあ、ちょっとっていうか大分抜けてるところもあるんですけど、そこも可愛いなって思ったり。あと、意外と気にしいなんですよね。隠してるつもりなんでしょうけど、ちょっと態度に出てる時もあって。でも、だからこそ、相手のいろんなことにも気づけるっていうか。人と話すとき、何かやってても必ず手を止めるんですよ。そういうところも好きなんですけど。あ、あと──」
「ストーップ!!」
そこまで言いかけて、なこさんに止められる。何故止められたのか分からず、首を傾げていると、なこさんが小牧さんの方を見て言った。
「小牧、あんた──とんでもないの連れてきたわね」
「すごいでしょう?」
「ある意味ね」
「素晴らしい熱量です。普段、抑えていられるのが不思議なくらい。これさえあれば何でもできてしまうでしょうね」
「てか、アイドルって恋愛禁止じゃないの?好きな人いるとかアリなの?」
「バレなきゃいいんですよ」
「あの、どうしたんですか……?」
「いえ、お気になさらず」
こそこそと話す二人に戸惑いつつも、小牧さんに促され、俺は続ける。
「あと好きなところが──」
「みずきさん、そこはもう十二分に伝わってます。先をお願いします」
「あ、はい。ごめんなさい」
「できれば巻きで」
「はい、頑張ります……」
幸弥くんにぴしゃりと止められ、しゅんとする。まだ、ちょっとしか話してないと思ってたけど、話しすぎだったのかな。
それを歳上相手にも注意できるとは、幸弥くんはなんてしっかりした子なんだろう。
気を取り直し、背筋を伸ばして、先を続ける。
「あの、えっと……まあ、色々あるんですけど……俺は、俺が好きになった人みたいに、真っ直ぐに、誰かのことを想える人になりたいと思いました。だから、ここで、その人の『好き』のために力になりたい、です」
言いながら、恥ずかしくなって俯いてしまう。
大それたことを言ってしまっただろうか。皆の顔を見れずにいると、なこさんに肩を叩かれる。
「なってるじゃない、もう」
その声に顔を上げる。
「なこさん?」
「『誰かのことを真っ直ぐ想える』──私には、みずきがそう見えるけどね。でもこれは、みずきが自分で自分をそう思えないと意味ない。でしょ?」
「お、俺はそんな、良い奴じゃないですから」
「ほらね」
なこさんが小牧さんを見遣ると、小牧さんが頷く。
「ええ、私もそう思います。ですから──」
そこで、小牧さんがホワイトボードの面を回転させる。
裏面に書かれていたのは──「研修」の2文字。
「みずき君にはこれから研修を受けてもらいます。あなたが『アイドル』として、自信を持ってステージに立ち、誰かの、そして、あなたの『好きな人』の希望になるための、研修です」
「研修……」
一体、何をするのか。想像しようとしても思いつかない。頭に疑問符を浮かべていると、小牧さんが続ける。
「研修の内容については……基本的なことは、なこに任せようと思います。いいですか?」
「大丈夫よ」
なこさんが頷く。俺は小牧さんに尋ねる。
「研修はどのくらいの期間するんですか?」
「研修期間は概ね、ひと月と見積もっていますが、私の判断で十分だと感じたらステージに立ってもらいます。まずは、お披露目のイベントをすることになるでしょうね」
「それが、小牧さんの最後のステージってこと、ですか?」
それはつまり──小牧さんの予定通りに研修が進めば、和臣がステージに立つ小牧さんを見られるのも、あとひと月ということになる。
和臣の気持ちを思うと、胸が痛んだが、小牧さんは俺の意思には関係なく、近いうちにアイドルを辞めると言っていた。
ひと月という期間は、小牧さんが「卒業」するために元々用意していたものだったのかもしれない。
なんて、免罪符のように考える自分が、また少し、嫌になるけど。
しかし、小牧さんは俺の予想に反して、首を横に振る。
「みずき君のお披露目はグループとして大切な一歩ですが、私の卒業は大事にするつもりはありません。私は役目を終えた者として、静かにステージを去るのみです」
「ファンに、挨拶しないんですか?」
「みずき君の加入を発表した段階で、私の卒業についても触れることになるでしょう。その時に簡単にさせてもらいます。……私にはそれで十分です」
十分だなんて、そんなわけない。
だが、俺の言いたいことを見透かしているのだろうか。取り付く島もなく、小牧さんは言った。
俺は机の下で、膝についた拳を握りしめる。
卒業は止められないことなのかもしれないけど。
和臣はそれで納得するだろうか。
大好きな人にちゃんと会えないまま、これが目の前にする最後の機会なのだと、準備する間もなく別れを告げられて、それを受け入れられるだろうか。
『まあ、やっぱりもっとアイドルしててほしいとは思っちゃうんだけどさ』
あの和臣の笑顔を思い出す。俺の好きな、和臣の笑顔。
「推し」なんてできたことないから分からないけど──ただ、好きな人がいる気持ちなら、俺にも分かる。
そんなの、絶対嫌だ。
「小牧さん──ひとつ、お願いがあります」
俺は椅子から立ち上がり、小牧さんを真っ直ぐ見つめて言った。
「俺がちゃんと研修を終えられたら──小牧さんの最後のステージに立ち会う機会を、ファンにもらえますか?」
「……何故、そんなことを言うのですか」
「俺の好きな……あなたの『ファン』が悲しむからです。小牧さんにとっては十分かもしれませんが──ファンにとってはそれじゃきっと、ダメなんです」
小牧さんは何も言わない。まるで俺に「言いたいことがあるなら、全て言ってみてください」と促しているようだ。
──言ってやる。
「……大好きな人の卒業を、目の前で見届けたからといって、すぐに受け入れられはしないかもしれません。それでも……ファンはいずれ、前に進まなきゃいけないんです。そんな時に、これが最後なんだって自分に言い聞かせながら、一瞬でもそれを祝福しようとしたことが、次に進もうとする自分を許すために、たぶん、必要なんです。だから、お願いします。小牧さん」
頭を下げて、俺は縋る。
「機会をください。小牧さんの卒業を見届ける機会を、和臣に。お願いします」
「……みずき君」
小牧さんが俺に近づいてくる気配を感じる。そっと肩を叩かれたので顔を上げると、小牧さんの顔にいつもの微笑みはなく、代わりに真剣な眼差しで俺を見下ろして言った。
「みずき君の言いたいことは分かります。ですが──それを実際にするということが、どんな意味を持つか……あなた自身、分かっていますか?」
「……どういう、ことですか」
「あなたにプレッシャーがかかるということです。ファンが私の卒業を惜しめば惜しむほど、後任のあなたはやりづらくなります。ファンの期待は容赦なく、あなたのこの小さな両肩にのしかかってきます。あなたに、それが背負えますか?」
「……大丈夫です」
ほとんど反射で俺は答えていた。
「……俺、もう逃げたくないんです。逃げて、好きな人に顔向けできないような、そんな生き方はもう、したくないんです……そのためにここに来ました」
俯きたくなった。できるかどうかも分からない、大言壮語。どんな風に受け取られたか怖いけど。
でも、心の底で、本当に思っていることを言ったつもりだった。だから、言わなければよかったとは思わなかった。
「ふふ……そうですか」
ふいに、小牧さんが笑う。俺が驚いて、目を瞬かせていると「分かりました」と小牧さんが頷く。
「いいでしょう。みずき君が研修を終えたら、私はファンの前で、最後のステージに立つと約束します」
「本当、ですか……?」
「ええ。その代わり──みずき君も、言ったことは『本当』にしてください」
「……はい!」
そう返事しながら、俺は自分が高揚しているのを感じる。
やっと、やっとひとつ。俺も和臣のために何かできたのだろうか。
肩に重みを感じ、振り返ると、なこさんが満面の笑みを浮かべている。
「なこさん?」
「いい覚悟ね、みずき。大丈夫、私もユキも力になるわ、ね?」
なこさんと幸弥くんが目を合わせて頷く。
「……僕にも協力できることがあれば」
「あ、ありがとう、幸弥くん。まだ会ったばかりなのに、その……」
「いえ。……自分を変えたいというのは、僕も同じですから」
「ってことだから」
突然、なこさんに肩を抱き寄せられる。戸惑う俺を置いて、なこさんは小牧さんに言った。
「小牧。この後、みずきを借りてもいい?」
「ええ。もとより、そのつもりです。任せていいですね?」
「もちろん。『最高の仕事』をすると約束するわ」
「あ、あの……俺、これから何されるんですか……?」
恐る恐る尋ねてみると、視界の隅で幸弥くんがため息を着くのが見えた。対照的に、なこさんがにっこり笑って答える。
「決まってるでしょ、みずき。このグループに入ったってことはつまり──」
○
「どう?初めて女装した感想は?」
「えっと……その、なんていうか」
「可愛くてびっくりしてる?」
「いや……姉に似すぎてて『姉』としか感想が浮かばないです」
鏡を見てびっくりした。
今の俺は二、三年くらい前に、ちょっと髪を伸ばしていた頃の姉に瓜二つだった。
──『Vine☆girl』の最初の顔合わせを終えた後。
俺は、なこさんの家へと連れ去られ、もとい、招かれていた。
そして、その匠の手腕によって『可愛く』されていた。
膝上・拳1.5個分の丈のひらひらスカート。
袖や裾に、ふりふりがふんだんにあしらわれたシャツ。
肩を柔らかく包む淡い色のゆるいカーディガン。
さらに、「今日はお試しだから、軽くね」と言いつつも、なこさんは二十分もかけて俺に化粧をしてくれた。
さらにさらに「みずきはこのくらいの長さが似合うわよね」とウィッグまで持ち出した。
この人、確実に楽しんでる。
そうか……俺、このグループに入ったら、あのふわふわアイドル衣装を着なきゃいけないのか。今更というか、すっかり失念していた。
改めて、鏡に映る自分を見る。
可愛い、のかな?
なこさんに借りた服の系統が、甘めな感じなのが唯一、姉の好みとは異なるが、それ以外は完全に「姉」。姉以外の何者でもない。
だから可愛いのかどうか、正直、自分ではよく分からないけど。
「へえ。じゃあ、みずきのお姉さんってかなり可愛いのね」
「姉を可愛いと思ったことは、生まれてから一度もないですけど……なこさんが言うなら、そうなんですかね……」
鏡の前でくるくると回ってみる。うーん、何度見ても姉。
慣れない格好をしたら、もう少し恥ずかしくなるものかもしれないが、姉にしか見えないおかげで、今は、あまり羞恥心はない。
それは、自分ではない全くの別人になっているような感覚があるからかもしれない。
「あんまり身内に似すぎてるってのも、何かもったいないわね……」
「もったいないって何ですか?」
「なんていうかこう……せっかく可愛くしたのに『私可愛い!世界一!天才!』みたいな無敵感がないじゃない?そういうの、すごくもったいないっていうか」
「よく分かんないですけど……」
首を傾げていると、なこさんが「参考にするからお姉さんの写真見せてよ」と言ってくる。
渋々、足元に転がしたスマホを手に取り「姉の写真なんかあったかな」とカメラロールを探る。
ぴこ。
するとその時、着信音が鳴った。誰かからメッセージが届いたと通知が表示される。
『今度の』
明らかに途中で送ってしまったと思われるメッセージ。差出人は──貴之だ。
返事をせずに待っていると、ややあってから、続きが送られてくる。
『今度の土曜日あいてるか』
『この前も言ったがどこか行こう』
この前──というのは、俺が和臣にイベントに誘われなくて家で不貞腐れてた時のことだ。
何だか随分前のことのような気がするが、貴之、覚えててくれたんだな。
「誰?」
「えっと、友達です」
俺の肩に顎を乗せて、スマホを覗きこんでくるなこさん。「へえ」と何故か、興味津々だ。
「遊びに行くの?みずき」
「まあ、今のところ空いてるんで……あ、何かありましたっけ?Vine☆girlのイベントとか」
「今度の土曜日は何もないけど……あ」
「あ?」
なこさんは俺から離れると「いいこと思いついた」と言わんばかりの顔でぽん、と手を打った。
「あるわよ、みずき。『研修』が」
「へ?研修?」
それは知らなかった。
じゃあ、貴之には悪いけど、断らないと。
何て断ればいいかな──だが、そんな俺の心配は、次になこさんが言ったことで、杞憂となった。
「みずき、私からの最初の『研修』よ。その『デート』──これで行きなさい」
そう言ってなこさんは、俺が穿くスカートの裾を、ぴらりと軽くつまんだ。
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