第7話 時を戻して

朝錬に勤しむ高校生のいるグランドの前を、通勤快速が定員オーバーの状態で通過する。

中にはイヤホンで英会話のテープを聞きながら、通勤する37歳のサラリーマンもいた。今日はいつもよりも、父親の状態が良くなく、家を出るのが少し遅れた為に、一本遅い最高に込み合った電車に乗るはめになった。


 彼は32歳まで勤めていた、運送会社を辞め、現在は介護ベッドの販売員として、家々を回っている。ターゲットを確定しないために、いつのタイミングで使えるかわからない英会話教室に通い、時間があればテープに耳を傾ける。

 大型トレーラーで、全国を有名なバンドと一緒に回っていた彼は、父親の脳挫傷をきっかけに、ハンドルを置き、介護の勉強を始めた。

 義務教育は小学校までで終え、中学からは専ら裏業界の勉強に勤しんだ彼は、15で近所の暴走族に入り、17で総長にまで昇進した。

父一人子一人の環境で育って来た彼は、少年院を出てすぐに、チンピラとして屋台で、たこ焼きを焼き、そこで出会った四つ下の女の子と同棲。結婚を期に足を洗い、全うな道を探すべく、地方を回れる大型のトレーラーを選んだ。

 結婚後間も無く生まれてきた、長男と若妻を、家に置きっぱなしにしないといけない辛さと、当時の先輩や後輩達からの視線から身を隠さずにいられない辛さはあったが、彼は必要以上に仕事をこなし、必ず現地のお土産を忘れなかった。

 その生活が二年も半ばに差し掛かった頃、九州講演を終え、三か月ぶりに戻った彼を待っていたのは、空虚の静けさと離婚届の紙きれだった。

 一ヶ月後の東北講演までに、全ての事を知った彼は、部屋をトレーラーの中に移し、環境を港へと変えた。

 彼の元妻が大好きだった、『抱き締めたい』を聞きながら、自分の後輩に息子の将来を託した彼は、8年間この街に戻ることは無かった。

 彼が再びこの街に戻ってくるきっかけは、病院からの一本の電話だった。

 何年も顔を合せていない父親の危篤。

小学校を卒業してから、まともに顔を合わすことも、話すこともせずに、離れてきた自分に、まるで不幸の手紙のように、その電話はなった。

 それから三日後、大阪からの帰宅途中に父親の、これからの人生について聞かされた。

脳挫傷を患い、記憶障害を併発し、寝たままの人生が父親のリスタートだった。

 電話を切った後、高速バスの停留所にトレーラーを止め、無意識のまま、ぼろぼろと泣いた。親らしい事を、させてあげる暇を与えなかった自分と、一生懸命に生きる見本のような父親の、ベッドに眠る姿を想像し、車内に流れる永ちゃんの歌を搔き消す位、大声で溢れ出す涙を止める事が出来なかった。

 そして、今の毎日はというと、朝から料理をし父親に食べさせ、出勤。昼はヘルパーさんを呼び、夕方帰宅と共に料理をし、お風呂に入れる。いつでも家に戻れるようにと、訪問販売の仕事につき、父親の人生と自分の人生を掛け合わせ、二人で一つの人生を生きる道を選んだ。

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