瞼の重み
圓道義信
第1話 ウツボカズラ
角部屋の出窓に寄りかかり、電車の走っていない線路に目をやる。午前七時。毎日の定時に、僕はこの席に着く。
冷蔵庫から、しっかりと冷えた牛乳をコップに並々注ぎ、焼いていない食パンにピーナッツバターを、スプーンで二回ほど垂らしたものを、皿に移し、冷蔵庫のヒューンという物静かな表情と共に、部屋に戻る。
七時二分前の出来事。
部屋に戻ると、慌ただしく着ていた物を脱ぎ、紺色のスーツに着替える。適当に首に巻いた、縞のネクタイを直しながら席に着く。
この時間帯、大抵の時は五分おきに電車が通る。十回に一回の割合で、川越と新宿を結ぶ、ロマンスカーが通る。
側の駅には各駅しか停車しないので、結構なスピードで通り抜ける電車も少なくはない。
僕が一口牛乳を口に含むのと同時に、向いのマンションから、共立女子に通う一年生が慌てて、自転車に飛び乗り、マンションの小脇をすり抜けていく。家のマンションの丁度斜向かいにある、煙草の自動販売機の前で、同じ陸上部の友達と待ち合わせをする。
毎日のように待ち合わせの時間に慌てていくその子は、必ずと言っていいほど、自動販売機の前で、五分ほど友達を待つ。
まず、カバンのサイドポケットから手鏡を取り出し、前髪を直す。髪の毛が自分のお気に入りまで行くと、手鏡の代わりに携帯を取り出し、メールのチェック。たぶん彼からのメールではないであろう。
この一年間、彼と歩いているのを見た記憶は無い。メル友からのおはようメールに軽い挨拶を打ち込み、慌てて来た友達と、大通りに消えていく。
彼女が髪の毛をチェックしている間に、2本の電車が通り過ぎた
。
一本目は各駅新宿行き、まだほとんど人は乗っておらず、野球部の朝錬に通う小さな集団と、何年通っても、満員電車に乗れない、中年のサラリーマンが広々と新聞を広げていた。
2本目の電車は通勤快速。
この時間だと立ち乗りが、まばらな程度の混み具合で、バブル時代を彷彿とさせる色形のスーツを纏った、ワンレンのOLと、仕事のしすぎで減った髪の毛を、エアコンから守ろうと必死になっている、社会人2年目の男性が2両目のドアに向かい合って乗っていた。示し合わしたように、同じ時間の同じ場所に乗る、この二人は、実はマンションとアパートも向かい合っていた。
3両目には、真ん中のシートのいちばん右に、駅のごみ箱から拾った、昨夜の夕刊フジを広げる、50代のサラリーマン風の男を、侮蔑した目でみる女子大生の二人組がいる。新聞越しに、女子大生の生足を拝んでいる事を、気付かれていないと思っている男と、毎日の事なのに、その男の悪口を隣同士でメールにて会話している二人。
その光景が過ぎたころには、僕はパンの味の付いていない部分を食べ終え、電車の通過した、踏切の音とともに聞こえてくる、お隣の新婚夫婦の会話に耳を澄ます。
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