いわゆる普通の冒険者の日常物 ぇ、全然普通じゃない? 割とこんなものですよ?

斜偲泳(ななしの えい)

ナイス トゥ ミート ユー

第1話 ナイス トゥ ミート ユー

「「「肉食をやめろー! 生き物を殺すなー!」」」


 ある日の昼下がり。

 冒険者の店に向かっていると、大通りで妙な連中が騒いでいた。

 見た目は普通の市民って感じだ。

 老若男女色々で、統一感はまるでない。

 何人かが動物が無残に殺されたグロい絵の描かれた看板を掲げている。



「「「神は人間の欲望を満たす為に生き物を作られたのではない! 神は飢えを満たす為に命なき糧をお与えになった! 腹が減ったらパンを食べ、野菜を食べろ!」」」


 怪しい奴らは声を張り上げ通りを練り歩く。

 街の連中は白い目を向けるが、さして気にせず通りすぎる。

 俺もその一人だ。


 交易と冒険者の街、エンデレロは大都市だ。

 おかしな連中、おかしな事件には事欠かない。

 こんなのが日常茶飯事と言えば語弊はあるが、一々足を止める程珍しくはない。

 それより俺は腹が減っていた。

 昨日の夜は遅くまで店で飲んでいた。

 昨日の夜もか。

 そして今日も遅起きだ。

 胃の中は空っぽで、中に住んでるニートな虫が早く食わせろと胃袋を蹴り上げる。

 

 冒険者は冒険者の店で飯を食う。

 そうして同業者の噂話を盗み聞き、馴染みの冒険者と情報を交換する。

 腕っぷしも大事だが、同じくらい情報とコネも重要だ。

 まぁ、たまには他所で食う事もあるが。

 妙な連中が肉の話をするせいで肉が食いたくなっていた。


 背後で甲高い笛の音が響き、思わず俺は身をすくめる。

 聞き覚えのある音色は街の治安を守る勇者官の警笛だ。

 冒険者と勇者官は不倶戴天とは言わないが、仲良しこよしとも言い難い。

 協力する事もあるが、基本的にはお互いに煙たい関係だ。

 今日の俺にやましい所はなかったが、身構えずにはいられない。


「こらー! あんた達、なにやってんのよ! あ、ちょっと! 待ちなさい!」


 肩越しに振り返る。

 怪しい連中は看板を放りだして散り散りに逃げていた。

 見覚えのある女勇者官は腰に手を当てぷりぷり怒りながら立ち尽くしている。

 追いかけりゃいいだろうがと思わなくもないが、こちらと違って向こうは何もしなくても給料の出るご身分だ。

 時間も時間だから、昼食を食べに出かけた所を怪しい連中がいたから形だけ声をかけたといったところか。

 羨ましいとは思わない。

 こちらはこちらで自由気ままな冒険者稼業だ。

 お互いに良い所と悪い所がある。

 視線を戻して歩き出す。

 早く肉が食いたい。


 ◆


「ごめんねフーリオ。ステーキセットは品切れなの」


 行きつけの冒険者の店。

 竜の尻尾亭ドラゴンテイルでの事だった。


 ウェイトレスのミルシャは手を合わせ、片目を瞑り、申し訳なさそうに言った。

 蜂蜜みたいに甘ったるい声の持ち主で、髪の毛もそんな色をしている。

 ツインテールが痛々しく見えない程度の愛嬌を持ち合わせていて、この店の悪趣味な制服を自然に着こなす稀有な一人だ。


 白を基調に挿し色にピンクを加えたフリフリのエプロン風ワンピースで、丈は短く胸元が空いている。

 酷い格好だと思うが、男だけでなく女にも人気があり、こいつを着たくて働きに来る娘までいるそうだ。


 冒険者の店の格はその店に集まる冒険者の質で決まる。

 スケベな制服は冒険者を呼び込む為の露骨な工夫だ。

 まぁ、散々文句を言っているが、俺もこの制服は大好きだった。

 最近じゃ医者や教師、学生のコスプレをさせたり、イケメンウェイターを並べて女冒険者に特化した店もあるという。

 流石は冒険者の街エンデレロといった所だろう。


「がっつり肉って気分だったんだが、ないもんはしょうがない」


 そんな日もある。

 腹立たしいが、ウェイトレスのミルシャに文句を言っても仕方ない。

 肩をすくめると、代わりにチキンステーキを注文する。


「ごめんね、鳥もないの。ていうか、お肉は全部品切れ」

「なんだって?」


 冒険者は肉食獣だ。

 朝から――まぁ、朝と呼べる時間に起き出す奴は少ないが――肉をがっつり食う。   

 身体が資本の仕事だ。

 肉を食わなきゃ力が出ない。

 向こうもそれは分かっている。

 肉料理は豊富だ。

 それが全部品切れなんてあり得ない。


「ガブスが仕入れをミスったか?」


 奥の厨房に視線を投げる。

 そこには料理好きの店主がいる。

 馬鹿でかい図体に頭が禿げ上がった強面の中年男で、左目を眼帯で隠している。

 俺なんかよりよっぽど冒険者めいた見た目だ。

 山賊の頭ならもっとお似合いだろう。

 見た目の割に気のいい親父だが、今日は不機嫌そうだった。

 目の合った相手を容赦なく縊り殺しそうな顔でサラダを作っている。

 なにか嫌な事があったに違いない。

 つまりはそういう事だ。


 そう思ったんだが、違ったらしい。


「なんかね、いつも頼んでるお肉の業者さんが襲われて、お肉が入って来なったんだって」

「襲われたって……肉を奪っていったのか?」


 売る肉がないという事はそういう事だろう。

 強盗自体は珍しくない。

 肉屋だろうが魚屋だろうが襲われるときは襲われる。

 だが、連中が奪うのは金だ。

 肉なんか奪ってもかさばるだけで幾らにもならない。

 売りさばくのは大変だし、簡単に足が着く。

 強盗が業者のような冷蔵庫を持っているわけもない。

 腐らせて終りだ。

 こんな馬鹿な話か?


「家畜を運んでる商隊が襲われたんだって」


 それを聞いて納得する。

 マヌケな盗賊が下調べもせずに襲ったのだろう。

 開けてがっかり玉手箱。

 中にいるのは畜生の群れだ。

 普通はそこで諦めるが、腹いせに奪っていったという事か。

 生肉よりは日持ちするが、売りづらさはこっちが上だ。

 エサ代もかかる。

 奪ってすぐに放牧だ。

 哀れな家畜共は今頃魔物の餌だろう。

 どちらにせよ迷惑な事には変わりない。


「わりぃな。今日は肉の気分なんだ」


 チップを置いて席を立つ。

 情報交換はまた今度だ。

 それより今は肉が食いたい。

 血の滴る真っ赤なステーキ。

 塩と胡椒をたっぷりかけて、溶かしたバターかブルーチーズを塗った奴。

 ムカついたから酒も飲もう。

 店を出てしばらく歩く。

 ステーキを出す飯屋に入り、席に座って注文する。


「すまねぇ旦那。実は肉を切らしてて――」


 ……そういう事もある。

 肉の業者が襲われたんだ。

 困る店は一つじゃない。

 深呼吸して苛立ちを堪えると、別の店を探しに行く。

 近場の店は同じ業者を使っていると見て、遠くまで足を延ばす。

 この辺の飯屋は使った事がない。

 味の保証は出来ないが、この際ステーキが食えるならなんだっていい。


「すいません。実はお肉を――ひぃっ!?」


 俺の顔を見て店員が悲鳴をあげる。

 無理もない。

 ムカついて頭がどうにかなりそうだ。

 鼻息も荒い。

 顔はトマトみたいに赤くなっている事だろう。


 この様子だと襲われた業者は一つだけではなさそうだ。

 そうなると、馬鹿な盗賊の説は消えてなくなる。

 計画的な犯行だ。

 しかしなぜ? 

 肉を求めて彷徨いながら考える。

 誰かが家畜を奪っている。

 しかも大量にだ。

 奪うからには欲しいのだろう。

 普通は金に換える為だが、それならもっと割のいい獲物を狙う。


 思いつくのは肉屋の仕業だ。

 悪い業者がいて、ライバル会社の妨害をしている。

 筋は通るが現実味はない。

 他の業者が肉を奪われてる中そいつだけ肉を売っていたらバレバレだ

 別の案を考える。

 頭のおかしな連中が――例えば邪神崇拝者とか――がヤバい生き物を召喚して、そいつが馬鹿みたいに食うから餌用に奪っている。

 あるいは、儀式の為の生贄とか。

 飛躍しすぎている気もしなくはないが、似たよな事件は時々起こっている。

 あり得なくはないが、こじつけ感は否めない。

 まぁ、候補に残すくらいの価値はある。


 次に浮かんだのは他国の陰謀だ。

 エンデレロを欲しがっている国があって、兵糧攻めを仕掛けている。

 これもまぁ、なくはない。

 交通の要所であるエンデレロの価値は高い。

 今の所はソマーズ王国の領地になっているが、ここを欲しがっている連中は幾らでもいる。

 とは言え、こちらも現実味は薄い。

 兵糧攻めなら肉以外も奪うだろうし、こんな見え透いた手を使えば戦争になる。


 今時戦争をやりたがる国は少ない。

 戦争をやれば土地が穢れる。

 大勢が魔術や技を出し合えば土地の精気は濃くなる。

 憎しみや恐怖、怒りや悲しみを帯びた濃い精気が土地に定着すれば、強くて凶暴な魔物が湧くようになる。

 戦死者の死体は片っ端からアンデッドになり、戦争どころではなくなる。

 勝った所でそこは人の住める場所ではなくなる。

 得るものがないのなら戦争をやる意味はない。


 これまでに多くの国が愚かな戦争で滅び、その度に魔都や魔境を生み出した。

 戦争の不毛さはいい加減分かっている。

 とはいえ、歴史が繰り返さないとは言えないが。

 そうは言っても、ソマーズ王国と近隣国との関係は良好だ。

 少なくとも、冒険者の間ではそう捉えられている。

 絶対とは言わないが、間違う方が少ない。

 こちらの線も薄いだろう。


 十数件の飯屋を渡り歩き、どうにかステーキを出せる店を見つける。

 本当に牛なのかは怪しかったが。

 その肉はやけに硬く、弾力があって、獣臭かった。

 だが、店主が牛と言うなら牛なのだろう。

 普段なら文句をつけて暴れる所だが、足が棒になるまで歩いて見つけた店だ。

 不本意だが、この辺りで妥協しておく。


 辺りはすっかり暗くなっていた。

 明日こそは、まともな肉が食べたい。

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