中途半端でいたかった話。

酢酸

第1話

 高校に入って、それまで「熱中できるものが見つからない」と話していた親友がそれを見つけてしまった。

 まあ、勧めたのは私だけど。

 やっぱり、少し寂しい。

「圭、おはよ」

 親友_井原圭の肩を叩いて声を掛ける。

 圭は、つけていたヘッドフォンを外して「おはよ」と笑った。

「何聞いてたの?」

「これ?千暁が次やる曲のサンプル送ってきてさ」

 千暁、というのは圭のクラスメイトの男の子だ。

 去年は私も同じクラスだったけれど、二人は理系で私は文系のため、クラスも別れてしまった。

「どんな曲なの?」

 そして、二人は軽音部だ。

 因みに私は美術部。

 圭は元々、なんでもソツなくこなす。

 本人は「中途半端なだけだから」と笑って濁すが、素直に尊敬する。

 例えば、音楽一つ手に取って見ても、ピアノは習っていたらしく余裕で弾けるし、ギターやベースもお姉さんに教わっていたそうで、ドラムも千暁くんに少し教わったら当たり前のように叩いていた。

 そして何より、圭の声は綺麗でよく通る。

 女子にしては低い声で、この学校にもファンはいるらしい。

 そんな親友がいることが、私の自慢だったりする。

「まだ内緒。完成したら聞かせるよ」

「またー?まあ、待ってるよ」

 千暁くんは曲を作るのが好きなようで、二人が演奏するのにも偶にオリジナル曲が入っていたりする。

「まあ、千暁に頼めば聞かせてくれると思うよ」

「ホント?」

「はは、嘘つく必要も無いでしょ。それか、練習見に来る?」

「いいの?」

「多分、瑞稀ならいいと思うよ」

「そうかな、じゃあ千暁くんに頼んでみよ」

「何を?」

 思ってもみなかったことに笑うと、後ろからタイミング良く声がかかった。

 少し眠そうな、聞きなれた声。

 頬が緩んでしまうのを抑えて、おはよう、と挨拶をする。

「あ、おはよ。で、俺に何を頼もうとしてたの?」

「練習見に来る?って話」

「いいんじゃね?圭が良ければ」

「はは、私はいいから聞いてるんだよ」

 その答えをきいて、千暁くんは少し恥ずかしそうに笑った。

 その笑顔に、なんとも言えない感情が渦巻く。

 嫌だな、とそれをかき消すように無理やり笑った。

「そっか、じゃあ、今度部活がない時にお邪魔するね」

「うん。待ってるよ」

 圭は、にこっと笑ってから思い出したように「あ」と声を上げる。

「どうしたの?」

「あー、先生に呼ばれてて。ごめん、先行ってて」

 圭は、優等生だ。

 それもあって、一年生の後半から生徒会の仕事を任され忙しそうだ。

「りょーかい。行こ、相原さん」

「あ、うん」

 千暁くんの隣に並んで、歩き出すと、周りの女子の目線がチクチクと刺さる。

「千暁くんはさ、圭のこと好きなの?」

「え?」

 な、なんで?と千暁くんは聞いてくる。

「普通にわかるよ」

「いや、うーん、好きだけど」

 千暁くんは、何故かはっきりとしない言い方をした。何を、気にしているのだろう。

 二人ならお似合いだし、二人が付き合ったら私もすっきり諦められるのに。と思ってしまうのは私のエゴでしかないのだろう。

「多分、俺が圭に対して持ってる感情は、相原さんのとそう大して変わらないよ」

「え?」

 意味がわからなくて聞き返す。

 しかし、千暁くんはそれ以上答えようとせず、にこりと笑うだけだ。

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中途半端でいたかった話。 酢酸 @Saku-San

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