挿話 盗賊と魔導師の愚痴
「ちっ……糞ッ垂れ。いつも自分ばかり良い想いしやがって」
盗賊のギュントが、野営中のテントを遠くから眺めながら愚痴を吐き捨てた。それと同時に唾も地面に吐きつけている。
テントの中では、二人の男女が体を重ね合っている。夜の森は静かで、フィーナの喘ぎ声がずっと彼らの欲情を刺激していた。
「全くだ。一回くらいこっちにも回して欲しいものだな」
魔導師のイジウドがギュントの愚痴に同意した。
彼らがテントの中で眠れるのは、二人──というか主にオルテガ──が満足してからである。しかも、テントの中は男と女の臭いが充満しており、とてもではないが休む気分にはなれない。
最近では、イジウドとギュントがそのまま外で毛布に包まって眠る事が多くなっていた。男と女の体液が混じり合った臭いの空間で眠るよりは、その方が精神衛生上まだマシなのである。
以前まではこうした遠出をする依頼というのはそれほど多くなかったのだが、Sランクパーティーにもなると、遠出の依頼が増える。すると、こうしてテントで過ごす日も増えて、二人は外で眠る羽目になる回数が増えるのである。
「はぁ……」
「なんだね」
盗賊の溜め息に、魔導師が鬱陶し気に反応する。
「いや、よ……フィーナって、実はあんな奴だったってのは、ちょっと落胆だよな。お頭が狙ってるの知ってたから俺は手出ししなかったんだけどよ、結構憧れてたんだぜ、俺」
ギュントはちらりと二人が身体を重ねるテントを見て、呟く。
ランカールの冒険者で、フィーナに憧れている者は多かった。一緒にパーティーを組んでいるだけで羨ましがられる事もある。そんな連中に向かって、彼はいつも「悔しかったら俺みたく強くなってみやがれ」と言ったものだった。
オルテガやフィーナとパーティーを組める事に、ギュントは少し誇らしさを持っていたのだ。
「あれはルーアンの媚薬の効果だろう? あれを使えば我々相手でもああなるのだろうさ」
「いや、でもよ? フィーナだってそこいらの娼婦みたくバカな女じゃねえ。どっちかというと俺なんかより賢い部類なはずだろ? 何で自分の様子がおかしいって事に気付かねえ?」
こうは言っているものの、盗賊の股間にもテントが張られている。内心ではオルテガが羨ましくて堪らない様子だった。
「さあな。気付いた上で身を任せているのではないか?」
「気付いた上で任せてる?」
「フィーナの様子から見て、アデルの死を乗り越えられているとは言い難い。結局は、あの女も快楽で気持ちを紛らわせて日々を生きている、そこいらの娼婦と変わらぬといったところさ」
魔導師はそう言葉を切って、話を終わらせた、
彼も盗賊と同じく、フィーナには憧れを持っていた。その彼女がこうも性に溺れている様を見て、内心では不愉快に思っていたのだ。
「はぁ……」
「だから、なんだね。フィーナの話はもうやめにしてくれないか」
盗賊の二度目の大きな溜め息に、魔導師が再度鬱陶し気に反応する。
「いや、今度はそっちじゃねえよ」
「む?」
「依頼内容の難易度は上がって、遠出も増えて、挙句にこうやって外で眠らされるってよ……何だかアデルがいた頃の方が全然良かったんじゃねえか? 俺ら」
「奇遇だね。実は、私もそう考えていたところだよ」
ギュントの言葉をまたしてもイジウドが肯定する。
Sランクパーティーに上がった事で、任務の難易度は明らかに上がった。
討伐依頼にせよ、要人の護衛依頼にしても、危険を伴う依頼は明らかに増えている。これまでAランクパーティーには回されなかった依頼を回されるからだ。
では、だからといってAランクパーティー時代より裕福になったかというと、そうではない。
当時はギルドの言う
しかも、パーティーにはランカールの冒険者ギルドで
当時は深く考えていなかったのだが、アデルがいた頃はパーティーの負担や危険をいつも彼が担ってくれていた。だからこそ、ギュントもイジウドも、そしてフィーナも常に自分の力を存分に使えていたし、効率も良かったのである。
しかし、それがオルテガだけになると、そういうわけにもいかない。強い前衛が二人いるのと、一人になってしまうのではその戦力は全く異なる。オルテガは確かに強いが、そのオルテガと同じクラスの強さ──というよりおそらくオルテガより上なのではないかと今にしては思うのだが──を持つアデルがいるのといないのでは、雲泥の差である。
「アデルがいた頃はよかったよなぁ。テントだって皆で使えたし、あいつは皆が疲れてたら見張りを率先してやってくれた。俺達を休ませてくれてたんだ」
「全くだ。報酬も良かったし、仕事も楽だったとくれば……」
そこでギュントとイジウドは顔を見合わせ、苦い笑みを浮かべた。
「付く人間を間違えたんじゃねえか、俺達?」
「言うな。私達はもうアデルを殺してしまってるのだぞ。それはあまりにも虫が良いというものだ」
「まあな……それもそうだよな」
盗賊と魔導師は大きな溜め息を吐いて、背後から聞こえる女の喘ぎ声に舌打ちをした。
「なあ……オルテガの奴、俺達の事を裏切ったりしないよな?」
「パーティー結成当初から一緒にいたのだぞ? ここまで上り詰めて、裏切る等と……」
そこで、ギュントとイジウドは言葉を詰まらせた。
仲間に闇討ちを仕掛ける人間だ。もしかすると、その矛先は自分にも向くのではないか?
二人はふと急に不安になったのだった。
「あるはずない。あるはずないさ……」
「ああ。あって堪るか」
不安が胸の中で広まっていく中、夜は更けていく。
彼らは案の定、その日も安眠できなかった。
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