第63話 これからの目的
それから暫く二人で過ごしていたのだが、部屋の扉がノックされて、シャイナが入ってきた。
ノックがされた時点でアデルとアーシャは慌てて体を離していた。が、シャイナが目を細めて訝しむ様にしてアデルを見るものだから、彼は気まずそうに視線を逸らすしかなかった。
シャイナは「深くは追及しませんけど」と前置いてから、続けた。
「アーシャ様、祝賀会の準備がございます。お着換えやリーン様、クルス王子との打ち合わせがございますので」
「はい、わかりました。すぐに伺います」
シャイナの言葉にアーシャは気品溢れる笑みを浮かべて、頷いた。すぐに王女の顔へと切り替えられるあたりはさすがだ。
シャイナは「それでは、外でお待ちしておりますので」とそのまま退出していった。
「アデルは祝賀会に参加できそうですか? 解放戦争の功労者のひとりとして、是非参加して欲しいのですが……」
「ああ。アーシャの御蔭で大分元気になったしな。場違いだけど、参加だけさせてもらうよ」
「そうですか。よかったです」
アーシャは嬉しそうに微笑んで、アデルの手を取った。
「今日が王女としての私の、最後のお勤めですから。アデルにはその姿を見て欲しいと思っていました」
「最後?」
アデルが訊き返すと、王女は「忘れたんですか?」と呆れた様に言う。
「私、もうアデルのものなんですよ?」
自分を指差して、銀髪の王女はくすくす笑った。
それは、リーン王妃から〝漆黒の魔剣士〟アデルへの依頼の報酬だ。その報酬は『アーシャを任せる』というものだった。
今回の依頼は成功しているので、その報酬は既にアデルのもとにある、と彼女は言いたいのだろう。
「これからはアデルと過ごして、アデルが行きたい場所に行って……ずっとアデルと一緒です。だから、本当はもう、私は王女じゃないんです」
「お前は本当にそれでいいのか?」
一国の王女にそこまで言われてしまうと、さすがに気が引けてしまう。
「はい。私自身、それを望んでいます。これは本当です。それとも、アデルはヴェイユの王になりたいですか?」
「いや、それはさすがにちょっと……」
「ですよね」
アデルが気まずそうに視線を逸らすのが面白かったのか、王女は可笑しそうだった。
リーン王妃からは騎士として叙勲し、アーシャと婚姻したいというのであれば、それも認めると言っていた。しかし、それは実質的に国王の座を引き継ぐ事にもなる。
ロレンス王とリーン王妃にはアーシャ以外に子はおらず、またロレンス王は妾なども作っていないので、他に子もいない。必然的に、この国の後継者はアーシャと婚姻を果たした者となるのだ。
「でも、俺と一緒に来るって言うと……きっと、暫くは放浪の身になるぞ。大陸の状態も不安定だ。冒険者をやりながら、どこか住みやすい場所を見つけるまで、点々としていく事になると思う。それでもいいのか?」
ここヴェイユ島はそれほど広い場所ではないし、アーシャはこの国では有名人だ。顔が知られ過ぎていて、島内でどこかで隠居するなど不可能に等しい。それならば、全く彼女を知る人がいない大陸で生活した方が、まだ自由が利くだろう。しかし、その反面情勢が安定していないので、危険や不便な事も多い。
「もちろんです。そんな自由きままな生活に憧れもありましたし、それに……アデルと過ごせるのなら、本当のところ場所なんてどこでも良いんです」
「そう言ってくれると嬉しいけど……でも、ロレンス王を探したいんじゃないのか?」
西部同盟の盟主として大陸に渡ったロレンス王はヘブリニッジ戦役で大敗してから、行方をくらませている。
討死の報告がないという事は、大陸のどこかで生きている可能性もあった。もし生きているのであれば、クルス王子と共にミュンゼル=ヴェイユ同盟の一員として参加する方が、国王も名乗りを挙げやすいのではないかと思うのだ。
「お父様を探したいという気持ちはあります。でも、クルス様との同盟を人探しの為に使うというのも、少し違うと思っていて……」
クルス=アッカードには、ゾール教国を滅して大陸を救わんとする大義がある。その大義ある同盟軍に、私情で参加するという事を彼女は許せないのだそうだ。
ロレンス王の生存が確認され、同盟軍に参加しようものなら士気は上がり、大義に繋がるとも思うのだが、それは違うというのがアーシャの考えの様だ。
「じゃあさ、俺らで探しに行こうか」
「え?」
アデルの提案に、アーシャはきょとんとして首を傾げた。
「お前が王女じゃなくなるなら、俺達は自由だ。大陸に渡って、冒険者をしながらロレンス王を探そう。それなら、大義も糞もないだろ?」
「それは確かにそうですけど……でも、それは私の望みであって、アデルの望みではないでしょう?」
「アーシャ」
「……はい」
アデルはじっとアーシャを見て、その肩の上に優しく手を置いた。
「お前の望みは俺の望みでもあるんだ。お前がロレンス王を探したいというなら、一緒に探したいと思う。それは俺の望みじゃないか?」
アーシャは浅葱色の瞳を一瞬震わせてから、顔をくしゃっと崩し、「仕方のない人ですね」と呟いた。
「アデル……」
「ん?」
「私はあなたに何を返せば良いのですか。これだけのものを貰ってしまって、どうすればあなたに報えるというんですか……ッ」
再び肩を震わせて、彼女は泣きじゃくる。
アデルはそんな彼女をそっと抱き寄せ、その額にキスをした。
「一緒にいてくれるんだろ? それで十分報いてるじゃないか」
アデルが本心のまま言うと、アーシャは恨めし気に彼を見上げた。
「そういう事言うのは、狡いです」
「そうかな?」
「狡いですよ……」
二人は視線を交わせた後に、互いにそっと目を閉じた。そして顔を寄せ合って、もう一度約束の口付けをする。
それは、二人の将来を約束する口付けだった。
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