第21話 休暇とクッキー
初めての兵団業務を終えたアデル達は、その足で王都に戻った。
王都に戻ってからは特にやる事はなく、報告書に記入をして文官に提出。捕えた山賊達については、王宮にいた別の兵団に引き渡して終わった。
彼が殺したのは、頭目のギムと最初の一人だけだ。他の者は、怪我を負っているとは言え、皆生き残っている。これはアデルの出した予想であるが、『何人殺すか』といったところまで王に見られている気がしたのだ。無論、正解はわからない。
だが、生き残って不幸な想いをするのは、むしろあの山賊達だ。彼らは生き残ったとは言え、剣闘士として圧倒的に不利な条件の中死ぬまで戦う運命が待っている。あの場で死んでいた方がおそらく幸せだっただろう。
報告を終えると、アデル達は早速休暇と少しばかりの褒美をもらった。ヴェイユ王国兵団は新人を大切にするという話を聞いていたが、どうやら本当の様だった。
アデルは王宮兵団の治安部隊に割り振られた。
王宮兵団にも二種類あり、常に城内で城を守る警備兵としての役割と、アデル達の様に治安維持をする部隊に分かれられる。治安部隊は、今回の様に賊の討伐や、暴動等が起こった時も鎮圧部隊として派遣されるのだ。
アデルは城でじっとしているよりも動き回る方が好きなので、この配置には感謝していた。
ちなみに、王宮兵団兵士には兵舎で暮らす事も可能で、家のないアデルは兵舎で暮らす事を選んだ。部屋の割り当ては、カロンとルーカスの三人部屋。どうやら暫くはこの三人一組で行動させられるようだ。
仲間から裏切られてここに来るに至ったアデルからすれば、仲間は面倒なものだが、規律には逆らえない。
現に、今回の山賊討伐もアデル一人で可能だった。ただ、何かしらの試験としての役割もあると思って、彼らにも見せ場を作り、且つ戦える様にしたまでの事だ。
人を信じられない彼にとって、同期との共同作業にはあまり気は進まなかった。
(やっぱり……俺に兵士なんて、向いてないのかもな)
アデルは嘆息して、部屋を出た。一人になりたかったのだ。
それから彼は、城内の構図を確認する為に城の中を見て回った。
城の中には、まだ領地を持たぬ騎士が常駐しており、兵士と同じ様に城内を警備したり、訓練所で鍛錬を積んでいる様だった。
ヴェイユ王宮は思ったより大きい。守るとなると結構面倒な造りをしているな、というのがアデルの感想だった。
無論そんな機会などあっては困るのだが、兵士としてそういった事にも順応できる様にならなければならないだろう。
「ア~デルっ」
城を一通り歩き回って中庭で一休みしていると、背後から天使の様な声色が聞こえてきた。
振り返ると、そこには〝大地母神フーラの生まれ変わり〟ことアーシャ姫がいた。
「アーシャ王女、ご機嫌麗しゅう」
アデルが立ち上がって恭しく頭を下げると、アーシャ王女は露骨に嫌そうな顔をした。
「やめて下さい、そういう他人行儀なの。悲しくなってしまいます」
「いや、今はこの国の兵士なので」
これが俺の役目でもあります、と付け加える。
「でも、アデルは私のお友達でもあります」
しかし、アーシャ王女も引き下がらない。にこにこ笑顔で彼女からこう言われてしまうと、何も言えなくなってしまうアデルである。
「えっと……わかったよ、アーシャ王女」
アデルは中庭を見渡して周囲に人がいない事を確認してから、言葉を崩した。
わかればよろしい、と言いたげでアーシャが満面笑顔となる。
「アーシャって呼び捨てにしてもいいんですよ?」
「それだけは勘弁して下さい」
「そですか、それは残念です」
あたふたするアデルを見て、アーシャはころころ笑った。完全に遊ばれている様だ。
ただ、あながち冗談でもなさそうというところが怖いところである。王女様命令だと言って、呼び捨てにしろと命じてくる可能性も彼女の場合はある。肝が冷える思いだった。
「それはそうと、初任務お疲れ様でした」
アーシャが姿勢を正して、ぺこりと頭を下げた。
「アデル達の御蔭で、民の不安も取り除かれたと思います。王に代わって、私が御礼申し上げます」
「いえいえ、俺の方こそ! お役に立てて光栄でございます」
アデルも慌てて平伏すると、またアーシャは嫣然と笑う。
「すみません、畏まるなと言ったばかりなのに、私から畏まらせてしまいました。楽にして下さい」
彼女の言葉と共に、顔を上げるアデル。内心では、どっちだよ、と若干不満に思うのであった。
アーシャはそのまま噴水の近くまで歩み寄ると、その横にあった長椅子に腰掛けた。
「アデルもどうぞ」
王女はそのまま横ずれると、アデルに座る様に手で指示をする。
(王女様と並んで座るとか、それは大丈夫なのか? 不敬罪で処罰されたら堪ったもんじゃないぞ)
アデルは内心でそんな不安を覚えながらも、恐る恐るアーシャの横に腰掛けた。
触れてはまずいと思い、可能な限り彼女とは離れて座る。
「もう……アデルは私の事が嫌いなんですか? そんなに隙間を空けられると、悲しいです」
アーシャは寂しそうな表情を作ってそう言った。
「いや、でも……」
「嫌いなんですか?」
ずいっと身を乗り出して訊いてくる。
いきなり近くに宝石の様に綺麗な浅葱色の瞳が近付いてきて、しかもその瞳はうるうると潤んでいる。
「嫌い、じゃ、ないです……」
どう返して良いかわからず、とりあえず身を引いてしまうアデルであった。
「それならよかったですっ」
一転笑顔になると、近こう寄れ、と言わんばかりにアーシャはぽんぽんと自分の横を叩いた。
アデルは軽い頭痛を覚えながらも、そっと身をアーシャに寄せた。彼女のスカートの裾がほんの少しだけアデルに触れて、どきりとする。
「それでですね、アデル」
「ん?」
アーシャは言いながら、小さな袋を取り出した。
「先程、侍女からクッキーを頂きました。一緒に食べませんか?」
袋の中を見ると、そこにはぎっしりと詰まった焼き菓子が入っていた。確かに一人で食べるには量が多い。
「え、俺も……?」
「はい。私ひとりでは食べきれないので」
「でも、それはアーシャ王女に献上されたものであって、それを俺が食べるのはまずいんじゃ」
「いえ、これは私が頂いたものなので、私の所有物です。それをアデルと一緒に食べたいと思うのは、ダメな事ですか?」
そう言われてしまえば、「ううむ」と考え込んでしまうアデルであった。確かにアーシャ王女のものを誰に施そうが、それは彼女の勝手であるし、彼女にはその権利がある。
「……ダメ、じゃないな」
「じゃあ、食べて下さい」
アデルの答えにアーシャ王女は満足げに微笑むと、クッキーを人差し指で摘まんだ。
「はい、あーん」
言いながらアーシャ王女は、そのクッキーをアデルの口元まで運んでくる。
「いやいやいや、待てって! それはまずいだろ!」
王女様に食べさせてもらうなどと、さすがにそれは無礼にも程がある。
こんな事、交際関係にあったフィーナにもしてもらった事はない。
「私の事、嫌いですか……?」
しかし、それで引き下がってくれないのもアーシャ王女だ。途端に瞳をうるうるとさせて、捨てられた子猫の様な瞳でこちらを見てくる。
(もしかして、ことあるごとにこれをやられるのか、俺は)
眉間の奥が割れそうな痛みに襲われるアデルであった。
「嫌いなわけ、ないだろ」
「じゃあ、食べて下さいっ」
一転笑顔のアーシャ王女。もはや計算しているとしか思えなかった。
アデルはもう一度周囲を見て誰もいない事を確認してから、小さく息を吐いて、口を開けた。
アーシャの手から、遠慮がちにクッキーが運ばれてきて、彼の口の中に収まる。彼女の指先がアデルの唇に触れそうになって、それだけでどきりとした。
彼女の手が離れたのを確認してから、しゃりしゃりと焼き菓子を食べる。初めて食べたお菓子で、程よく甘く、かと言って甘すぎずに食感もサクサクしている。とても美味しいお菓子だった。
「どう、ですか……?」
彼女はその浅葱色の瞳で不安げのアデルを見つめながら、訊いてくる。
「普通に美味しいよ。街の菓子屋で売られてるのより美味いかもな」
「ほんとですかっ!」
アデルの言葉に、想像以上に喜びを見せるアーシャ王女。
怪訝そうに彼女を見ると、アーシャは顔を赤らめたかと思うと、照れ臭そうに視線を逸らした。
「どうした?」
「いえ……そのクッキー、私が作ったんです……」
「え⁉ アーシャ王女の手作り⁉」
王女殿下の手作りお菓子などと、アデルにとっては身に余り過ぎる光栄だった。
「はい……昨日侍女と一緒に作ったんです。その、アデルに食べて欲しいなって思って……」
今度はアデルが顔を赤くする番だった。
彼女は王女という身でありながら、一介の王宮兵士にクッキーを作り、振舞っているのだと言う。意味がわからなかった。
ただ、それを言おうものならまた会話は堂々巡りだろう。アデルは小さく溜め息を吐いて、彼女を見た。
「えっと……じゃあ、それもっと食べていいか? その……美味しかったから」
「……はい!」
アデルの言葉に、とても嬉しそうに顔を綻ばせて、彼女は頷いた。
そのままアデルは、王女殿下の手作りクッキーを食べて時を過ごしたのだった。
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