私、何者。

@WindsWriter

私、何者。


「……はぁ?」


私、ニート。この前高校を卒業したばっかりだけど、大学受験は失敗してるし、来年また受ける気もない。


てか、外にも出たくない。だから、今ニートのはずなのね。一日中カーテンが閉まってる部屋で惰眠を貪ってたはずなのね。


でも、朝起きたらそのカーテンが開いてた。昨日は120%閉めたはず……。


朝起きて1番に青空が目に入ってくるなんていつぶりだろう。高校の時はカーテン閉め忘れて寝ちゃった時もあったっけ。


ぐっと背伸びすると体がいつもの何倍も軽い……。しかも床に足がつく。雑誌とお菓子の袋で足場なんてなかったのに、綺麗になっている。


やっぱおかしい。時計を見ると朝8時半。そして何気なく視線をカレンダーに向けたら私の目にとんでもないものが入ってしまった。


9月。


カレンダーは去年の9月。


「えぇー……、まじ?」


カレンダーめくりわすれた?!いや、流石に去年のカレンダーは持ってなかったでしょ!


流石に焦った私は急いで自分の部屋を開けようとする。そしたらドアノブが握れない。いや、力が入んないとかそんなんじゃなくて、



すり抜けてたの。ドアノブが手を。



――――――



玄関の扉をゆっくりと物理的にすり抜ける。そしたら私が昔から見てきた馴染みの住宅街が広がってた。


あの後ドア開けられないじゃん!て1人で叫んでたけど、よくよく考えれば開けずにすり抜けちゃえば良かった。やばい、アホがバレちゃう。


ぁあ。本当にアホは嫌だな。嫌い。


1階にこうして降りてきたわけだけど共働きの両親は当然ながら居なかった。本当にこれはどういった状況なのかテレビ見たかったけど、リモコンには触れず諦めた。




――――――



いくつか分かったことと分からないことがある。


分かったことは、まず、人から私は見えてないってこと。


ドアを通り抜けてる時、目の前に隣のおばさんが通り過ぎた時は本当に心臓止まるかと思った。


次に今が去年の9月。つまり私が高校在籍してる時ってこと。


信じられなかったけど信じるしかなかった。


体が透過していることをいいことに近所に住んでて小さい頃からよくしてもらったお爺ちゃんの家のテレビで色々確認できた。


でもどうしても分からないことがある。


それは私が2人いるってこと。


いや、正確には1人か。私何も触れないし、見えないし。



今いるのは学校。私が在籍してた高校の教室の廊下から授業受けてる私を見てる。


これ中々シュールな画だと思う。未来の自分がパジャマ姿で過去の自分の学校生活を覗いてるって。


今は数学の時間っぽい。高校生の私はなんと真面目に授業を受けてた。数学の授業なんて睡眠かボーッとする時間だったはずなのに。


「この問題。ここの微分わかったやついるか?」


黒板に問題が書いてあるけど何のことか全く分からない。てかそもそも微分て何だったけ?


「はい。」


こんな問題みんなの前で解こうと思うやつなんて居るのかと声がした方向を見ると、よく知った顔があった。


私だ。正確には高校生の私。


きちんと伸ばされた腕と背筋がどうも我ながら気に入らない。


「おお!難しい問題だけどよく解けたね。さすが。」


しかもあっさり解いてしまった。周りからも称賛の声が聞こえる。「流石!」「すげー!」とか。私授業中に褒めてもらったことなんか一回もない。


まぁ、馬鹿だったしね。私が数学で覚えてるのは、寝ている間にゴミ箱を抱っこさせられてた時だ。起きたら目の前にゴミ箱があってしかも私それに抱きついてたから驚いた。


しかもあの時の先生のニヤケ顔。まじでムカつく。あのハゲ許すまじ。



――――――




授業がやっと終わる。昼休みに入ったらみんなは待ってましたと言わんばかりに席を立ち上がって仲のいい人の元へ行く。


私は2人よく知ってる顔を見つけた。


イケメンの清水君。サッカー部のキャプテンで県大会でも優勝してたっけ。私は彼に恋心を抱いていた。


そして美少女の佐藤さん。たぶん男子の10人に聞いたら10人が可愛いって言うほど可愛い。頭も良かったと思う。


私はこの人を、2年生の時いじめてた。そして彼女は不登校になった。いじめはバレた。


私はもちろん断罪された。




――――――




屋上。1年生の時担任の先生に1度だけ連れてってもらった時以来だ。基本的に立ち入り禁止なので、その後3年間私は立ち入ることがなかった。


透き通った青を仰ぎながら考える。


この世界は私の過去じゃない。それだけは確か。間違いない。


だって私真面目に授業なんて受けてない。頭なんて良くない。そもそも佐藤さんをいじめてたのがバレた私はこの時学校に行ってない。


2年生の時、すでに清水君が好きだった私は彼に猛アピールを仕掛けてた。私はその時自信しかなかった。友人もたくさんいたし、清水君ともうまく話せてた。


でも清水君は佐藤さんに告白した。私は嫉妬で佐藤さんをいじめていた。全く、本当に情けない。


短い停学の後学校には少しずつ出てたけど誰とも話さなかった。私が佐藤さんをいじめてたのはみんな知ってたし、周りの目線が痛いから。


全く。これが夢だとすれば悪い夢かもな。こんな学生生活も送れたよっていう私への嫌がらせ、煽り。



「何、空なんか仰いでるの?」



?誰かに話しかけられた。えっ?誰誰誰!?


「誰?」


透過してるはずの私に話しかけてきたのは、私本人、高校生の私だった。


「こんにちは。」


「?こんにちは……?」


高校生の私はふわっと唐突に質問してきた。


「どう?この世界は?」


「どうって……。」


「気づいてるかもだけど、この世界はあなたの過去じゃない。でもあなたが実現し得た世界ではあるわね。

そしてこの世界のあなたは完璧。勉強もできて、ルックスもあって……

イジメなんか絶対に許さない。」


「あなたは誰?」


私には訳が分からない。この世界の高校生の私は私じゃないってことくらいバカなやつでも分かる。


でも分からない。何でこの世界を私は見せられているのか、高校生の私の目的は何なのか。


「まず、自己紹介ね。私の正体はあなた自身の過去ではないわ。あなた達の言葉を借りるなら、悪魔と言っていいかしら?」


「……じゃあ、何でその悪魔が私の格好してるの?あなたがこの世界をつくったの?どうして……。」


「どうして?それはあなたの心に聞いてみたら?この世界を創造したのはあなた自身よ。私はあくまで世界を創造する器になったに過ぎないわ。」


「私がこの世界を創造?」


「そう、あなたが。あなた、今の現状に悩んでるんじゃない?」


心当たりはありまくる。だって高校という場所自体がもはや私の黒歴史だもん。


「ねぇ、あなた。この世界で人生を過ごしてみない?」


「え?」


「この世界で一生を過ごさないって言ったの。」


待って待って待って、全く頭が追いついていかない。悪魔?私が創り出した世界?そしてここで一生を過ごす?


「つまりね、私と入れ替わって人生を送れば最高の一生が手に入るってことよ。”この世界のあなた”の記憶と体をあなたに提供するわ。」


高校生の私を被った悪魔は私の耳元で囁く。


「今の私、いやあなたは隙がないわ。条件付きだけど悪い話じゃないわ。」


「条件?」


「あなたの魂と記憶を私に頂戴。今のどうしようもないニートに生まれ変わってしまったあなたの体の魂と記憶。」


「ハハ……。」


「そんなことする訳ないって思った?でもこのまま元の生活に戻ったところであなたはニートよ。ニートが悪いとは言わないけどあなたはそれを後ろめたく感じているんでしょう?だったらそんな生活ナゲダシテシマエバイイ。」


もし、この悪魔の言う通りなのであれば私は最高の体を手に入れることができる。


きっと難しすぎる大学でなければ余裕で受かる頭脳と、崩壊していない人間関係を手に入れることができる。


それって最高だ。自分で言うのもなんだけど私はルックスはいい方だ。だからきっとこの先もうまくいくだろう。


そんな最高な人生を手に入れられるのなら私は……


私は……。


「どうかしら?悪い取引ではないでしょう。」


「……ハハ。私って情けない。」


「?で、どうするの?取引に応じる?」


「いらない。」


「?」


「そんな私が妄想で創り出した世界なんていらない。」


「正気?元に戻ったらあなたは何もない。何者でもなくなるだけよ。」


「そうかもしれない。でもこれは意地なのどうしようもなくなってしまった私の意地。決めた。ちゃんと自分と向き合って自分の居場所は自分で作るって。」


「本当にいいのかしら。」


「うん。こんなご都合主義でオ○ニーしてるみたいな妄想人生いらない。」


「……。」


「私今まで言い訳してた。今自分が社会から認められないのはダラダラ学校生活を過ごして、イジメをしてた報いなんだって。だから私は今の自分の状態に仕方ないって目を背けてた。」


そうだ。私と一緒に佐藤さんをいじめて停学を食らった、沙優と美希。あの2人だって立ち直って大学に行ってたじゃないか。しかも学校を休む私を毎日心配してくれた。


「ありがとう、悪魔。私なんだか戻れそう。」


「…。あっそ。もうあんたに興味ないわ。精々クソみたいに地面を這いつくばって生きなさい。」


「うん。泥臭く頑張らせてもらうよ。」




――――――



高卒1年目無職の小林麻央は気がつくとベッドに寝てた。閉まり切ったカーテン。散らかった部屋。今年の5月を示すカレンダー。それらが彼女を何の法則性もなく囲んでいる。


彼女がやらなきゃいけないのはまず謝ることだ、いじめてしまった佐藤さん、心配をかけた友達と両親。


そして彼女は何者かにならなくちゃいけない。


いつまでも立ち止まって、何でもない彼女じゃきっと人生に面白みなんてないんだろう。


散らかった床のゴミを足でどかしながら窓の方へ向かう。


そして小林麻央は思い切ってカーテンを開けた。


今日は快晴空が青く澄んでいる。


世間が五月病でどんよりとしている中、彼女は陽の光を浴びて誕生した。


まだ何者にもなりきれていないながらもここに18歳の何者かが爆誕したのだった。

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