第116話 こんな魔法はどうですか?
「古都ちゃん先輩が、光の魔法を……っ!?」
驚きに目を見開く美奈津。古都の右手から放たれた閃光は冬華に襲いかかろうとしていたヤタガラスの群れの半数を消し飛ばした。残ったヤタガラスたちは蜘蛛の子を散らすように上空へと逃げていく。
「でき、た……?」
古都自身、自分が本当に魔法を使えるのかと半信半疑だった。冒険者の誰もが魔法を使えるわけではない。割合で言えば魔法を使える冒険者は一割にも満たず、その中でさらに光属性の魔法を使うとなればその希少性は跳ね上がる。
――ドクンッ。
心臓が大きく脈打った。全身が熱い。まるで、体の中の血液が沸騰しているようだ。
それは、抑えきれないほどの高揚感だった。
見ていることしかできない。待つことしかできない。できないことばかりだった古都が得た明確な力。
(この力があれば……っ!)
遠ざかっていく背中に手を伸ばすことも。追いかけるための一歩を踏み出すことも。
(今のわたしなら、出来るっ!)
「美奈津ちゃん、今のうちに冬華ちゃんをっ!」
「は、はいっ!」
ヤタガラスたちは古都の魔法を警戒するように上空を旋回し続けている。その隙に、古都と美奈津は囮になっていた冬華の元へと駆け寄った。彼女は放置されたミニバンの陰に座り込み、もたれかかるように車体へ背中を預けている。
「冬華ちゃんっ!」
「冬華ちゃん先輩大丈夫ですかっ!?」
二人が駆け寄ると、冬華は右腕を左手で押さえながらゆっくりと顔を上げた。その顔は血で赤く染まっており、額から右目にかけて裂傷を負っている。そして、左手で押さえられている右腕からもまた血が止まることなく流れていた。
「そんなっ……、冬華ちゃん先輩っ!」
「これくらい……かすり傷だよ、美奈津。そんなことより古都、いつの間に魔法なんて覚えたんだい?」
「そんな話は後だよ、冬華ちゃん! もう少し我慢して、今すぐ傷の手当てをするから……っ!」
「……いいや、構わないよ。手当てをしている暇なんてないし、この傷じゃどのみち助からない。それより二人だけでも逃げて――」
「いいから任せてっ!」
古都は冬華の言葉を遮ると強引に彼女の右手を掴む。左手をどけると痛々しい傷跡が広がっていた。思わず目をそむけたくなるような光景だったが、古都は傷口にかざした右手に意識を集中させる。
「〈ヒール〉」
ニーナが使っていた回復魔法だ。淡い水色の光が傷口を包み込み、見る見るうちに傷を塞いで元通りの綺麗な肌へと戻していく。
「すごい……」
その様を見ていた美奈津が思わずといった様子で感嘆の言葉を漏らした。その一方で古都の額からは大粒の汗が滴り落ちる。少しでも集中を乱せば傷が回復しなくなる。〈ホーリーレイ〉の時とは違う繊細な魔力操作が要求される。
古都は息をするのも忘れて冬華の顔の傷も〈ヒール〉で癒した。やがて傷がすべて塞がると、思わずくらりとよろけてしまう。
「古都ちゃん先輩っ!?」
慌てた美奈津に抱きかかえられ、古都はようやく小さく息を吐くことができた。
「ありがとう、古都。まさか〈ヒール〉まで使えるなんて驚いたよ」
「わたしも、自分でもちょっと驚いてる……!」
頬を赤く上気させ、古都は声を裏返しながらそう答える。自分がこれほどの魔法を使えるようになるなんて想像もしていなかった。これまで経験したことのない高揚感に、熱にうなされているような感覚だ。
「……うん、問題なさそうだね」
冬華は負傷していた方の腕を軽く回して感覚を確かめ、ぎゅっと拳を握りながら頷く。〈ヒール〉は上手く作用してくれたようで、彼女の傷は完全に癒えていた。
「冬華ちゃん先輩、どうしますか……?」
上空を旋回するヤタガラスの群れを見上げながら、美奈津がパーティリーダーを務める冬華に問いかける。ヤタガラスたちはまだ古都の魔法を警戒しているようだが、しばらくすればまた襲い掛かってくるだろう。
「……古都、魔法はまだ使えるかい?」
「うんっ! 行けるよ、冬華ちゃんっ!」
冬華に尋ねられた古都は力強く頷いた。MP消費による疲労は感じない。むしろ体の奥底からどんどんと力が湧いてくる。
「それじゃ、反撃と行こうか……っ!」
冬華が下した決断はこの場でのモンスターの殲滅。仮に応援を呼んでいる間にモンスターがダンジョン化地域の外へ出てしまえば大変な被害になる。それを防ぐためにも、この場で一匹残らず仕留めた方が良いという判断だろう。
古都に異存はなかった。むしろ望むところといった具合である。
『それじゃあ、景気づけにこんな魔法はどうですか?』
古都の脳内に聖女ニーナの声が響く。
それと同時に、脳裏に不思議な映像がフラッシュバックした。
見覚えのない、真っ暗な雲に覆われた草原。とても強大な悪意を前に、立ち向かうのは数多の冒険者や兵士たち。彼らに向けて、視界の主はこう叫んでいた。
「〈セイクリッド・エンチャント〉!」
気づけば同様に、古都もその魔法の名を叫んでいた。それと同時、冬華と美奈津の体が淡い光に包まれる。
「これは……っ!」
「か、体が急に軽くなりましたよ!?」
それはかつて、聖女ニーナが得意とした味方のステータスを飛躍的に向上させる魔法だった。冬華と美奈津は肌に感じるステータスの変化に目を丸くして、その感触を確かめてから視線を上空のヤタガラスに向ける。
「これなら負ける気がしないね。行こうか、美奈津」
「了解ですっ!」
二人は民家の屋根へ軽々と飛び移り、片っ端からヤタガラスの群れを二丁拳銃と弓で撃ち落としていく。〈セイクリッド・エンチャント〉で強化されたステータスを存分に活かし、急降下して鋭い爪で襲い掛かって来るヤタガラスも簡単に避けている。
そして、
「〈ホーリーレイ〉っ!」
冬華と美奈津の攻撃から逃げ惑うヤタガラスを、古都の魔法が薙ぎ払う。上空を覆いつくさんばかりだったヤタガラスの群れは、その数は見る見るうちに減らしていったのだった。
【next→第117話 「緊急クエスト再び」 2022/5/28更新】
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