第115話 初めからここに

「……居ます。この近くに、モンスターが」

「「――っ!」」


 美奈津の言葉に弾かれる様に、冬華と古都はそれぞれの武器を構えて周囲を警戒する。愛刀の大太刀〈虎斬丸〉を鞘から抜き放った古都は、自身の身長を超える長さのそれを上段に構える。冬華も長弓に矢を添えて弦を引いた。


「美奈津、数と方角は?」

「10時から3時の方角に多数です! 数は……とにかくいっぱい!」

「……姿が見えないね」


 美奈津が示した方角を見ても、モンスターの姿は見当たらない。民家や雑居ビルが建ち並ぶ一角には死角も多く、壁や塀の向こうに隠れている可能性も考えられる。


 いったいどこに……?


 ビルとビルの隙間や民家のブロック塀や生垣の向こう側。考えられる場所は幾つもある。電線には無数のカラスが止まり、真っ赤な瞳で古都たちを見下ろしていた。


 視線を巡らせた古都は、その違和感に気づいて背筋を凍らせた。


「ヤタガラス……?」

「まさかっ!」


 冬華がカラスに向かって弓を構えたと同時、電線に止まっていたカラスたちが一斉に飛び立った。そのカラスたちの足の本数は三本。全国のダンジョンに生息するカラスに似たモンスター〈ヤタガラス〉の特徴そのものだった。


 ヤタガラスの血のように赤く染まった瞳が古都たちを捉え、三本足の鉤爪で引き裂かんと一斉に飛来する。



「くっ! 〈連射〉っ!」

「み、〈乱れ撃ち〉っ!」


 すぐさま冬華と美奈津が応戦して矢と銃弾を放つ。だが、カラスの群れは仲間が撃ち抜かれても怯むことなく古都たちの元へと突き進んだ。


「回避っ!」


 冬華が叫んだと同時、三人はそれぞれ左右の脇道へ飛び込むように避ける。ヤタガラスの群れはコンマ数秒前まで三人が居た地面を掠め、再び空へと舞い上がり分散する。空いっぱいに広がった怪鳥の群れは闇夜のように空一面を覆いつくしていた。


(こんなのどうすれば……っ!)


 あまりにも数が多すぎる。古都たち〈ノースプリング〉の三人だけで対処できる範疇を大きく振り切っていた。ただでさえ厄介な飛行型のモンスターが、ダンジョンの天井という枷のない大空を飛び回っている。考えうる限り最悪の状況だった。


「不味いね……。あれが外に出れば大変な騒ぎになる」


 古都の隣で弓を構える冬華の首筋に一筋の汗が伝う。彼女が危惧するのはダンジョンの外へモンスターが出てしまう事象〈魔獣災害モンスターパレード〉だ。


 通常、ダンジョンは地下にあるため地上との出入口を塞いでしまえばモンスターが外へ出てくることはない。そのため〈魔獣災害〉防止のために日本の全てのダンジョンの出入口は冒険者協会によって厳重に管理されている。


 けれど、ダンジョン化した地域全てを塞ぐことは不可能だ。あの群れがダンジョン化した地域の外へ出れば東京が大混乱に見舞われ甚大な被害が発生しかねない。


 〈魔獣災害〉の最も厄介な点。それはダンジョンの外では冒険者がステータスの恩恵を受けられないということだ。モンスターへの対応は警察や自衛隊の管轄となり、通常兵器での攻撃が行われる。だが通常兵器はモンスターへの効果が薄く、討伐に時間がかかるため甚大な被害が発生してしまう。


「あんな数わたしたちじゃ……」


「……よし、私があいつらを引き付ける。その間に古都は美奈津と一緒に応援を呼ぶんだ」


「冬華ちゃん……っ!?」

「いいね、古都? 頼んだよっ!」


 古都が止めようとする暇もなく、冬華は脇道から飛び出して行ってしまう。


「こっちだ!」


 冬華が弓を放ってヤタガラスの一羽を射抜くと、群れは一斉に冬華を目指して殺到した。冬華は街路樹や停められたままの車の間を縫うように走ってヤタガラスの群れを引き付ける。


「冬華ちゃん先輩っ!」


 反対側の脇道から出た美奈津が泣きそうな声で叫ぶ。ヤタガラスの群れが冬華に追いつくのは時間の問題だ。追いつかれれば最後。冬華は無事では済まないだろう。


(そんなの嫌だ……!)


 冬華からは応援を呼ぶように言われた。だから、今すぐ美奈津の手を引っ張ってでも冬華と反対側へ走らなければならない。ひとまず身を隠せるところを探して、スマホで応援を呼ばなければならない。


 頭では理解している。だけど、心はそれを拒絶する。


(冬華ちゃんを見捨てたくないっ! 嫌だ……、嫌だ嫌だ嫌だっ! わたしにもっと、力があれば……っ!)


 ただ見ていることしかできない。ただ待っていることしかできない。そんな、出来ないことばかりの自分で居たくない!


 心の中でそう叫んだってどうにもならない。そんなことは百も承知だった。それでも変わりたいと古都は願う。大切な仲間を守るための力が欲しいと。あの二人の傍に居られるだけの力が欲しいと。


(だけど、そんな力なんて――)




『あるじゃないですか、初めからここに』




(――っ!)


 頭に響いたのは自分とは違う少女の声。


『あなたは覚えているはずです、この力の使い方を。ほら、思い出してみてください。アクリトと戦った時、私はあなたの体で魔法を使ったんですよ?』


「あ――っ!」


 言われてみればそうだ。


 古都の体に居るもう一つの魂。ニーナ・アマルフィアは古都の体を借りて異世界人の首魁であるアクリトと同等の魔法戦を演じて見せた。


 その時、魔法を使うのに用いられた魔力はニーナが持ち合わせた魔力だったのは間違いない。


 けれど、魔法を行使したのは古都の体だ。


 それはつまり、古都に魔法の才能がある証左となる。


(思い出して、あの時の感覚を……)


 体内を巡る魔力。それを一点に集めるような感覚だった。右手の平で狙いを定め、凝縮した魔力を一気に解き放つ。


 ……そう、こんな感じ。


「〈ホーリーレイ〉っ!」


 古都が放った閃光が、ヤタガラスの群れを薙ぎ払う。




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