第112話 せめてもの
「わりぃな、付き合わせちまって」
授業の合間の休み時間に、俺は神田に連れられて校舎の屋上にやって来ていた。
この時間、屋上にひと気は一切ない。休み時間と言っても五分ほどだ。その程度の時間、屋上と教室を往復するだけで過ぎてしまう。だから次の授業をサボろうという度胸のある生徒くらいしかこの時間はここを訪れない。
「気にしないでくれ。高校生活で一度は授業をサボってみたいと思ってたんだ」
「先週無断欠席してなかったか?」
「…………そう言えばそうだったな」
やばい、内申点とか大丈夫だろうか……。次は数学の授業だったと思うが、休んでいる間にどれだけ進んだだろう。後で秋篠さんに頼み込んでノート見せてもらおう。
「ははっ、さすが未踏破迷宮を攻略しただけあるぜ。度胸が違ぇよ」
「やっぱりそっちの話だったか」
教室で神田がとある本を読んでいるのを目にした時から、彼がどんな話を俺にしようとしているのかは何となく検討がついていた。
「勇。折り入って話がある」
神田は俺を真っすぐに見つめながらそう前置きすると、
「――俺をお前みてぇな強い冒険者にしちゃくれねぇか!?」
頭を下げて、頼み込んで来たのだった。
……やっぱり冒険者になったんだな、神田は。
神田が教室で読んでいた本のタイトルは『Sランク冒険者に学ぶダンジョン攻略法』。小春がサイン入り本を持っている久次さんの著書だ。
各地のダンジョン化に伴い、冒険者登録をする人は急増している。小春によれば駆け出し冒険者の間で様々な教本が流通していて、久次さんの本もその一冊らしい。
「頼む、この通りだ……!」
神田は頭を下げたまま、俺の返事を待っていた。
……どう答えるべきだろうな。
神田が冒険者を始めたことに関しては、何も言うつもりはない。ただ、強くしてくれと頼まれて二つ返事で了承することはできない。
来月に控えた未踏破迷宮同時攻略作戦。その準備をする中で、神田を鍛え上げる余裕がどこまであるか……。万全を期すのであれば、断るしかない。
だけど、本当にそれでいいのか……?
「冒険者になったのは、上野を探すためか……?」
迷いながら口から出たのは、そんな質問だった。俺のクラスメイトで、神田の親友だった
ダンジョン化した伏見稲荷大社には従来のダンジョンと同様にモンスターが湧き始め、警察による捜索は難航。今は冒険者協会が行方不明者を捜索している……ことになっている。
実際は、上野純平の捜索は伏見稲荷大社のダンジョンでは行われていない。それは彼が行方不明者ではなく、ダンジョン化に係わった異世界人ゼノ・レヴィアスとして被疑者とされているためだ。捜索はダンジョン内ではなく、日本全体で秘密裏に行われている。
それを知るのは冒険者協会のごく一部のみ。極秘事項として扱われており、守秘義務があるため俺も口外することはできない。……そもそも、なんて説明すれば良いのかわからなかった。
もしも神田が上野を探すために冒険者になったのだとしたら、俺が神田にしてやれることは何も……。
「……純平のことだけじゃねぇ」
神田は両方の拳を震えるほど強く握りしめて、振り絞るような声でそう言った。
「俺は好きな女を守れなかった。あの青い髪の女に殺されそうな
「神田……」
新野から何があったのかは聞いている。稲荷山の山中で神田と委員長……
「情けねぇ……! 俺がお前くらい強けりゃ、夢を守れたんじゃねぇのか……? 純平も、居なくなったりしなかったんじゃねぇのかよ……っ!? 俺はもう、見てるだけなんて嫌だ。あんなあいつを、見てたくねぇんだよ……! だから強くなって、今度こそ夢を守って、純平も取り戻して! 全部元通りにしてやっと、夢に気持ちを伝えられるんだ……っ!」
「神田、お前は……」
「そのためなら何だってするって決めてんだよ、俺は。強くなるためならどんなことだってしてやる! だから勇、俺を鍛えて一人前にしてくれ! 頼む、この通りだ!!」
神田はついに額を地面に擦りつけて、土下座をしてまで俺に頭を下げた。
……ああ、くそっ。
何を悩んでいたんだ、俺は。
神田が強くなりたい理由。それは上野と、大塚さんと、そして自分自身のため。失われてしまった日常を取り戻したいという、強い意志だった。
それを示すために土下座までさせてしまったことを後悔する。
そもそも悩んでいた時点で、俺の心は決まっていたも同然だった。
神田の力になりたい。それは俺の偽りのない本心だ。
「神田。俺は来月の未踏破迷宮同時攻略作戦に参加する。そのための準備でこれから先、どれだけ時間が作れるかわからない。……それでも、出来る限りの協力をすると約束する。もし俺の余裕がなかったら、その時は新野や秋篠さん、他の冒険者にも頭を下げて協力してもらう。お前が強くなりたいと思う限り、俺はその想いに応えるつもりだ」
「勇……っ! すまねぇ、よろしく頼む……っ!」
「ああ……」
片膝をついて神田に手を差し伸べる。
なあ、神田。
俺はお前が思っているほど強くはないんだ。
俺はゼノを……上野を説得することが出来なかった。もしあの時の戦いで俺がゼノを圧倒出来ていたら、ソフィアの妨害を跳ね返す力があったなら。
きっとお前が望むものは、今もここにあったはずだ。
だから、謝ったりしないでくれ。
これは俺が出来るせめてもの、償いなのだから。
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