第五章:琵琶湖ダンジョン攻略編

第111話 モテ期到来

「えっと、君って土ノ日勇くんだよね……? もしよかったら私と連絡先交換しない?」


 登校して早々、見知らぬ女生徒からハート形の付箋に丸文字で書かれた連絡先を渡されてしまった。


 夏服のリボンの色から三年の先輩だってことはわかるんだが、これまで一度も話したことがなければ、顔を見かけた覚えもない。


 ただ彼女はどうやら学校では有名人らしく、俺を遠巻きに見ていた他の生徒たちからどよめきが起こる。


『ねぇあの人って……』

『昨日の記者会見で名前が出てた……』

『やっぱアタックしかけるべき……?』

『Aランク冒険者って年収すごいらしいよ』


 ……いや、どうやら外野の視線は先輩ではなく俺に向けられているらしい。変に注目されてしまっている。


「あー……、すみません。今日ちょっとスマホ持ってきてなくて」


 なんて無理やりな言い訳をして付箋を返して立ち去る。その後もこれまで一言も話したことがない女生徒から何人も声をかけられて、教室の自分の席に着く頃には気疲れして机へとそのまま突っ伏してしまった。


 顔を伏せながらも感じる幾つもの視線。遠巻きに俺を見るクラスメイト達の話し声は嫌でも耳に入ってくる。ある程度予想はしていたが、居心地最悪だな……。


「おはよう、土ノ日。見てたわよ、モテ期到来って感じだったわね」


 なんて皮肉を言いながら前の席に座った新野はいつもと変わらない様子だった。


「こんなモテ期願い下げだっての。下心しか感じられなくてちっとも嬉しくねぇ」


「いいじゃない、別に。下心だろうと何だろうと彼女を作るチャンスでしょ? 人生において二度とない機会かもしれないわよ?」


「さすがにまだ機会はあるだろ。…………あるよな?」


 さあ、と新野は肩をすくめる。そういわれると確かに惜しい気持ちも湧いてくるんだが、さすがに好きでもない相手とは付き合えない。


「というか、そっちは何もないのかよ。お前だって昨日の記者会見で名前出てただろ」


 俺に突然のモテ期が到来した理由。

 それは、昨日テレビで全国中継された記者会見のせいだった。


 東京都文京区の一部がダンジョン化した事件。それをかき消すかのように政府と冒険者協会から大々的に発表された恐山ダンジョン攻略の吉報と未踏破迷宮三か所同時攻略作戦。


 昨晩から今朝までテレビやネットはその話題で一色だった。


 そして、俺と新野の名前は恐山ダンジョン攻略者の一人としてテレビやネット、新聞の紙面にも載ってしまったのである。


「声をかけられても知らぬ存ぜぬよ。新野も舞桜もそこまで珍しい名前じゃないもの。同姓同名の他人だって言えばそれで終わり」


「くっそ、俺も田中とか佐藤とかだったら良かったんだけどな……」


 未成年で学生、なおかつ特例でAランクになったということもあって、俺たちは名前だけの発表という形に配慮された。当然、顔写真や名前以上の個人情報はどこにも出回っていない。


 いないのだが……、


「土ノ日なんて珍しい苗字じゃバレバレよねぇ」

「今からでも苗字変えてぇ……」


「ふーん。それじゃあ、秋篠とか?」


「ふぇえええっ!?」


 驚きの声に反応して視線を向けると、いつの間にか教室に秋篠さんが来ていた。どうやら離れた所から俺たちのやり取りを聞いていたらしい。新野はそれに気づいていたようで、笑いを堪えるような表情で秋篠さんに声をかける。


「おはよう、古都。元気そうで何よりだわ」

「ま、舞桜ちゃんっ!」


 秋篠さんは顔を真っ赤にして頬を膨らませ、ポコポコと新野の背中を叩く。


「ごめんごめん、冗談だってば」

「もぅ、舞桜ちゃんのバカ」


 秋篠さんは拗ねるようにソッポを向いて、俺の隣の席に腰かけた。


「おはよう、秋篠さん」

「お、おはよう。土ノ日くん。き、昨日はちゃんと休めた……?」


「ああ。と言っても、例の件で秋篠さんの兄貴には呼び出されたけどな」

「あ、うん。お兄様から聞いてる。その、災難だったね……?」


「まあこうなっちゃ仕方がない。注目されるのにも慣れてるしな……」


 前世の勇者レイン・ロードランドに比べたら、この程度ならまだマシな方だ。それに幸いにもネットやSNSに顔写真をばらまかれたわけじゃない。この騒ぎは今のところ学校だけに限定されている。


 むしろ心配なのは小春や両親の方だ。名字で俺の血縁者だってことはすぐにわかってしまうだろう。親は上手いこと対応するだろうが、小春は質問攻めにあってないかなど不安になってしまう。


 後で小春と同じクラスらしい刀鍛冶の国友安珠くにとも・あんじゅにフォローを頼んでおいたほうが良さそうだな……。


「それよりも心配なのは古都の方よ。昨日も聞いたけど大丈夫よね? 体調の変化とか、体に異常はないかしら?」


「う、うん。それは大丈夫だよ? 特に変化っていう変化も感じないし……」

「それなら良いんだけど……」


 新野はやはり、秋篠さんの中にニーナの人格が同居している今の状態を危惧しているようだ。


 肉体という魂の器に内容できる魂は一つ。それは絶対の原則で、その原則に反している今の秋篠さんにはどんな異常が起こっても不思議ではない。


 今のところニーナは魔力回復のために秋篠さんの中で眠っているようだが、この状況は早めに何とかしないとな……。


 なんて考えていた俺の元へ、生徒の一人が歩み寄ってくる。


 今度は女子生徒ではなく男子生徒。それも、俺がよく知るクラスメイトの一人だった。


「よう、勇。ちょっといいか?」

「神田……?」


 クラスメイトの神田良悟かんだ・りょうごは真剣な表情で俺を見下ろしている。修学旅行の前はクラスのムードメーカー的な存在でおちゃらけた部分のあった神田だが、あの一件以降は悪い意味で随分と落ち着いてしまった。聞いた話では部活も辞めてしまったらしい。


 あれ以降、俺も神田とは会話という会話をほとんどしていなかったのだが……。


「お前と話したいことがあるんだ。次の休み時間でいい。ちょっと面を貸しちゃくれねぇか?」


「あ、ああ。それは別に構わないんだが……」

「サンキューな、勇。そんじゃ頼むわ」


 要件を尋ねようと思ったら、神田は新野と秋篠さんの方を一瞥して自分の席のほうへ戻って行ってしまう。二人の前では話しづらいことなんだろうか。


「何だったのかしら、あいつ」

「ちょっと、気になるね」


 自分の席に座って本を読み始めた神田の背中を三人で見つめる。


 あの本、どこかで…………あっ。


 見覚えのあるその本を思い出したとほぼ同時に担任が教室に入ってきて、朝のHRが始まった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る