第106話 不思議ですね
俺たちが病院に辿り着く頃には日もすっかり暮れていた。青森から東京までヘリや車を乗り継いで可能な限り最短で辿り着きはしたが、文京区の一部がダンジョン化してから既に4時間は経過している。
移動中、秋篠唯人の元には引っ切り無しに報告が届いていた。アーティファクトの研究所が襲撃を受けて多数の負傷者が出ていることや、居合わせた冒険者が応戦したこと。そして、研究所向かいの病院で爆発が発生したことなど……。
断片的にもたらされる情報は、俺たちに不安を募らせるばかりだった。
病院の駐車場には様々な緊急車両や自衛隊車両が集まり物々しい雰囲気に包まれていた。乗っていた車が止まると浪川さんは扉を開いて飛び降りるように駆け出していく。俺と新野もその後に続いて病院に足を踏み入れた。
病院内は予想していたよりも落ち着いている。とはいえ、入院患者の搬送が始まっているようで職員や救急隊員が忙しなく動き回っている。そんな中、秋篠唯人が手配してくれた協会職員に案内されて俺たちは病棟のとある病室に案内された。
そこにはベッドで眠る結ちゃんと、その横でパイプ椅子に座る奏さんの姿があった。
「無事か、奏っ!」
「しーっ!」
病室に駆け込んだ浪川さんに対し、振り返った奏さんは唇の前で人差し指を立てて浪川さんを黙らせた。見れば、ベッドの上で結ちゃんが安らかな寝息を立てている。
「どうなってんだ……?」
浪川さんは茫然と立ち尽くし、俺と新野も顔を見合わせた。
結ちゃんの顔色は俺たちが最後に見た時よりも明らかに良くなり、人工呼吸器も外されている。まだ点滴は残っているが、あれだけ衰弱していたのが嘘のようだ。
ただ、結ちゃんの体から微かに感じるあの魔力は…………。
「奏、結は……?」
「無事よ。お医者様も、もう大丈夫だろうって。古都ちゃんが、結を救ってくれたの……!」
「秋篠の嬢ちゃんが……? そりゃあいったい……いや、んなことは今どうでもいい。奏、結、傍に居てやれなくて済まなかった……!」
「ううん。おかえりなさい、信也さん……っ!」
浪川さんと奏さんは静かに、強く互いを抱きしめ合った。
「土ノ日」
「ああ、そうだな」
新野に促され、ひとまず病室を後にする。色々と状況を整理したいが、今はとにかく浪川さんたちの再会の邪魔だけはしないでおこう。
病室を出て近くの休憩スペースに向かう。そこには椅子に座る秋篠さんの後ろ姿があった。
けれど、彼女から感じる魔力に違和感を覚えて立ち止まる。
この懐かしい魔力を、俺は知っている……?
俺たちの接近に気づいたのだろう、椅子から立ち上がった秋篠さんは振り返った。
その顔が聖女ニーナと重なって見えたのは、気のせいではないだろう。
「ようやくですか。遅いですよ、勇者レインっ!」
「どうして聖女ニーナが――っと!」
俺に向かって飛び込んできた秋篠さんの体を抱きとめる。普段の秋篠さんからは想像も出来ないほど大胆な行動も、中身が聖女ニーナだとしたら頷ける。
だがいったい、何がどうなってこうなったんだ……?
「不思議ですね」
俺の胸板に顔を埋めながら、秋篠さんの声でニーナは言う。
「顔も声も違うのに、貴方から確かにレイン・ロードランドを感じるんです」
「聖女ニーナ、俺は」
「わかっています。貴方はレインではなく、土ノ日勇さんです。だけど少しだけ、あと十数秒だけこのままで居させてください。ずっと、あなたを探し続けていたんです」
「…………ああ」
前世の世界でレイン・ロードランドが死んだ後、聖女ニーナに何があったのかはわからない。だけど上野……ゼノは、聖女ニーナは死んだと言っていた。
彼女も俺たちと同じように、死んで秋篠さんに生まれ変わったのだろうか。
……いいや、たぶん違う。この感じ、秋篠さんが前世を思い出したというわけではなさそうだ。いったい、恐山ダンジョンを攻略している間に何があったんだ……?
「ちょっと、いつまで抱き着いてるのよ。もう十秒経ったわよ。ほら、じゅうきゅう、にじゅうっ。さっさと離れなさいっ」
「きゃあっ! んもぅ、感動の再会を邪魔するなんて無粋ですよっ! ……って、あれ?」
新野によって強引に俺から引き剥がされたニーナは、新野の顔を覗き込んで不思議そうに首を傾げた。
「なによ?」
「いえ、まさかそうなるとは思っていなかったので、ちょっと驚きです」
「はあ? 驚いてるのはこっちよ、聖女ニーナ。いったい何がどうなってあんたが古都の中に居るのか、結ちゃんをどうやって助けたのか説明しなさい! ……というか、古都は無事なんでしょうね!?」
「……っ、そうだ! 秋篠さんは……!」
秋篠さんの肉体の中にニーナの人格があるということは、元の秋篠さんの人格はいったいどこへ行ってしまったんだ!?
「その点については安心してもらって大丈夫です。私はあくまで、秋篠古都さんに体を借りているだけですから。その証拠に――えいっ!」
ニーナはぴょんと飛び跳ねると再び俺に抱き着いてきた。避けるわけにもいかず抱きとめるが、すぐにニーナの様子がおかしくなる。というか、ついさっきまで感じていたニーナの魔力が消えた。
「えっ!? あっ、あっ……」
「えーっと、秋篠さんか……?」
俺が尋ねると、秋篠さんは俺に抱き着いたまま、顔を真っ赤に染めてこくりと頷く。
「お、お帰りなさい、土ノ日くんっ。え、えっと、これは違うのっ! きゅ、急にニーナさんがバトンタッチって言いだして、それで、あうぅ~……///」
「あー……。とりあえず、ただいま」
「う、うんっ」
秋篠さんは照れ臭そうにはにかんだ。
「とまあ、そういうわけです」
また人格が入れ替わったようで、顔を真っ赤に染めていたはずの秋篠さんはケロッとした表情で俺に抱き着いたまま微笑む。なんかややこしいことになってるな……。
「安心して頂いて大丈夫ですよ、新野舞桜さん?」
「どうやらそうみたいね。わかったから抱き着くの止めなさい」
またも新野に引き剥がされ、ニーナは不満そうにぷくーっと頬を膨らませる。普段の秋篠さんじゃ見られない表情が見られて少し新鮮に感じてしまうな……。
「それで、あんたは古都の体を借りて結ちゃんを助けてくれたってわけ? いったいどんな方法を使ったのよ」
「そうですね、説明すると長くなりますが……。ざっくり言うと、浪川結さんを蝕んでいたのは一種の呪いです」
「呪い?」
「はい。かなり特殊で難解な呪いだったので、完全に解呪することは出来ませんでした。なので今は、彼女の体内で呪いを封印している状態なんです。いずれ彼女が成長して呪いに負けないほどの魂と魔力なるまでの、ほんの一時しのぎです」
「それで結ちゃんから光属性の魔力を感じたのか。あれはニーナが呪いを抑え込むために施した封印の魔力だったんだな」
「はい。まあ、呪いを抑え込む以外にも幾つかの作用は仕込んであるんですけどね。無事に発動してくれたら、将来あの子にとって大きな力になってくれるはずです」
「よくわからないけど、大丈夫なんでしょうねぇ……?」
「私を誰だと思ってるんですか? 稀代の天才美少女大聖女ニーナ・アマルフィアですよ?」
「……そんなだから心配なのよ」
自慢げに胸を張るニーナを見て新野は小さく溜息を吐いた。
……懐かしいな。
ふとそんな感想が浮かび上がって、俺は首を傾げる。
勇者と聖女と魔王が3人揃って談笑する。
前世の記憶に、こんな場面あったか?
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