第107話 一難去って

「詳しい話は別の日でもいいですか?」


 なぜニーナが秋篠さんの中に居るのか。俺たちがその理由を尋ねると、彼女はそう問い返してきた。


「実は予定外に魔力を消費してしまって、しばらく休んで回復に努めたいんです。この状態を維持するのにも多少の魔力は必要ですからね」


「とか何とか言って、はぐらかすつもりじゃないでしょうね?」


「まさか。ちゃんと二人にはお話するつもりですよ。そのために、私はここに居るんです」


「秋篠さんの体を借りてまで俺たちの前に現れたのには相応の理由があるってことだな」


「はい。ですが、今は少しだけ休ませてください。お二人もお疲れのようですし、ちょっと汗臭かったですよ?」


「「う……」」


 俺と新野は揃って言葉を詰まらせる。恐山ダンジョンからここまで着替える暇も惜しんで戻ってきた。確かに汗臭さはあるだろう。


 それに、疲労もそろそろ限界を超えそうだ。夜行バスに乗ってからろくな睡眠もとらずに恐山ダンジョンの最下層まで突っ切った。その弊害を確かに感じつつある。


「少しばかり長いお話になるので、途中でうたた寝されても嫌ですからね」

「……わかった。お互い、今日はもうゆっくり休もう」

「お心遣い感謝です。それでは――」


 秋篠さんの体からニーナの魔力の気配が消える。憑依魔法の一種だとは思うが、仕組みはさっぱりわからない。


「古都、大丈夫よね?」


「う、うん。わたしは平気だよ。ニーナさんのおかげで、結ちゃんと奏さんを守ることも出来たし……」


「だとしてもあんまり良い気分じゃないわね……ったく」


 新野はニーナが秋篠さんの中に居ることが不服なようで、不機嫌そうな表情で腰に手を当てる。


「そ、それより二人の方こそ大丈夫だったの? 恐山ダンジョンに行ってたんだよね……?」


「ええ。最下層まで行って霊薬を見つけたけど、色々あって手に入らなかったのよね」


「そう考えると、ニーナが結ちゃんを助けてくれて本当に良かったよ。浪川さんも無事に見つかったし、無駄足にはならずに済んだからな」


「…………」

「秋篠さん?」


 俺たちの言葉に、秋篠さんはぽかんと口を開けて呆けた表情を浮かべている。


 やがて幾度か瞳を瞬かせた秋篠さんは、


「未踏破迷宮ってこんなにもあっさり一つ減るものなんだぁ……」


 なんて譫言のように呟いたのだった。




 その後、俺たちは冒険者協会が用意した車で帰宅した。家に着いてすぐにシャワーを浴び、夕食も食べずにベッドへ寝転がる。そしたらいつの間にか寝入ってしまい、気づけば翌朝になっていた。


 全身の疲労感が抜けきらないまま、何とか制服に着替えてリビングに向かう。すると階段を下りた所で妹の小春に出くわした。小春は起きたばかりなのかパジャマ姿だ。


「お帰り、おにぃ。昨日までどこ行ってたの?」

「ちょっと青森までな。父さんと母さん、怒ってたか……?」


「ううん。パパが『男には旅に出たくなる時があるもんだ』って言ってたくらい。ママは食費が浮くから助かるって。おにぃだけちょっとずるい」


「ほんと俺だけ放任主義だな……」


 小春への過保護っぷりとは雲泥の差だ。冒険者を続けるにあたって好都合ではあるんだが、もう少し気にかけてくれてもいいんじゃないだろうか。


「それでおにぃ、これからどこ行くの?」


「どこって学校に決まってるだろ。俺は優等生だからな。旅疲れでクタクタな体に鞭打って勉学に励むんだよ」


「ふぅーん。でもたぶん、今日学校休みだよ?」

「はあ? なんでだよ。今日って平日だろ?」


「うん。だけど、昨日の騒ぎで東京中が大パニックだから」


 テレビ見てきなよ、と小春に促されて俺はリビングへ向かう。ちょうど父さんと母さんが朝食をとりながら朝のニュース番組を見ていた。


 報道されているのは、昨日の文京区の一部で起こったダンジョン化とそれに伴う東京の混乱っぷりだった。


 公共交通機関は一部を除いてほぼ運休。幹線道路は一部が封鎖されている影響から各地で渋滞が発生しほとんど動いていないらしい。物流が滞った影響から株価も大幅に下落しているようで、小春の言うようにかなりの混乱状態だ。


 確かにこれじゃ学校は休みだろうな……。


 俺は歩いて登校できるが、徒歩圏外から通っている生徒はほぼほぼ通学不可能だろう。生徒だけでなく教師も出てこられるか怪しい。そうこう考えている内に学校からの一斉メールで休校の知らせが届いた。


 これでもう少し眠ることができる。


 こんな状態でも出勤していく両親を見送って、二度寝をするため寝床へ潜る。その矢先、冒険者アプリのチャットに一件のメッセージが届いた。


 送り主は秋篠唯人。内容は今すぐ霞が関の冒険者協会本部に来いというものだった。ご丁寧に冒険者協会の職員がバイクで迎えに来てくれるらしい。


 呼び出される理由には幾つか思い当たる節があるが……。


 とにもかくにも。俺は渋々、二度寝のために脱ぎ捨てた制服に袖を通すことにした。


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