第98話 救出

『いやぁあああああああああああああああああああああっっっ!!!!』


 福留さんの悲鳴が響き渡る。


 久次さんを取り込んだ肉塊は膨張を止め、その代わりに無数の触手が俺に向かって襲いかかってきた。


「くそっ!」


 剣で斬り払って何とか防ぐが、久次さんの姿は肉塊に埋もれて完全に見えなくなっている。


「土ノ日、早くっ!」

「急げ、勇っ!」


 鍾乳洞の出口で新野と浪川さんが呼んでいる。


 だが、


「ダメだ、久次さんを置いて行くなんて……!」


 久次さんはまだ死んでいない。福留さんが存在しているのがその証拠だ。福留さんの魂を現世に繋ぎとめているのは、おそらく久次さんの持つスキル。それが発動し続けているということは、久次さんはまだ生きている。


「あんたどれだけお人好しなのよっ! あの人はあたしたちを騙して利用してたのよ!?」


「……わかってる。それでも見殺しにできるかよっ!」


 久次さんと福留さんには奥多摩ダンジョンで助けてもらった恩もある。それを返さないで、見捨てられるはずがない。


「あーもうっ! あんたは昔からそうやって……!」


 新野は安全な出口で、服の上からネックレスに通した指輪を握りしめた。


「やるからにはあのバケモノをぶちのめしなさいよ! あんなの残しておいたらろくなことにならないわ!」


「ああ……っ!」


 指輪を通じて、新野の魔力が俺の体内に流れ込んでくる。熱い。これまで以上に膨大な量の魔力が、俺の魔力と混じりあって燃え滾る。


「〈魔力開放〉……っ!」


 新野から送られてきた魔力を消費し、ステータスが急激に上昇する。体が軽い。全身に力が漲り、疲労感が一気に霧散する。


 ――これなら!


「はぁっ!」


 襲い掛かってくる触手を片っ端から切り裂き、前へと突き進む。肉塊は恐ろしい速度で触手を生み出し続け、俺はそれを即座に薙ぎ払う。


 くそっ、思ったよりも触手の回復が早い! 斬っても斬っても次が生えてくる……!


「〈炎刃〉っ!」


 剣に魔力を集め、振り抜いて炎の刃を撃ち放つ。刃は触手を一直線に焼き切り、肉塊をも切り裂いた。


 だが、


「浅いか……っ!」


 肉塊の表面についた傷跡は内部に届く程ではなく、焼き焦げた断面が剥がれ落ちると即座に傷が肉に埋まる。


 威力が足りない。肉塊の回復力を上回らなければ大したダメージにはならず、瞬く間に回復される。今の〈炎刃〉にはそこそこのMPを込めたが、これ以上にMPが必要となってくればそう易々と連発は出来なくなる。


 一か八か、一撃に全てのMPを使うか……?


 いや、それはあまりにもリスクが高すぎる。ここでMPを使い切って肉塊から久次さんを救える保証もなければ、その後に待ち構えているだろう戦闘に勝てる可能性も失われてしまう。


 ちらりと横目で新野を見れば、浪川さんに支えられて立っているのもやっとという状態だった。これ以上のMPは新野からは望めない。


 他者にMPを分け与えることが出来るスキルは新野の前世……魔王特有のものだ。似たようなことが出来るのは前世の世界でも聖女ニーナくらいだろう。


 これ以上のステータス上昇、MPの回復は見込めない。一か八か、全力を叩き込むしかないのか……?


 せめてあと一手、何かがあれば……!



『わたしを使って、土ノ日くんっ!』



「福留さん……!?」


 福留さんは俺の近くまで来ると、胸の上に手を置いて俺に向かって訴えかけた。


『わたしの体は魔力で形作られてるの! 比呂くんのように憑依は出来ないけど、土ノ日くんにMPを渡すことは出来ると思う!』


「た、確かにそうかもしれませんが」


 俺のスキルはMPを消費する。それはすなわち、福留さんを構成する魔力を消費してステータスに変換するということだ。魔力を失った福留さんがどうなるか。最悪、現世に繋ぎ止められている彼女の魂が失われることにもなりかねない。


「そんなことをすれば福留さんが……!」


『いいのっ! それでもわたしは、比呂くんを助けたい! だから、お願い土ノ日くんっ! 比呂くんを助けるために、わたしに力を貸してくださいっ!』


「福留さん、あなたは……」


 現世に繋ぎ止められている自分の魂を失うかもしれない。それでも彼女は久次さんを救おうとしている。その一途な想いが、彼女の言葉からダイレクトに伝わってくる。


 大切な人にこんなにも想われている久次さんが羨ましいな……。


「わかりました。絶対に、久次さんを助けましょう!」

『うんっ! ありがとう、土ノ日くんっ!』


 福留さんは感謝の言葉を口にすると、俺の体に覆いかぶさる。流れ込んで来るのは、温かくて優しい魔力と、それだけでは無かった。


 これは、2人の……。


 脳裏にフラッシュバックする、俺の物ではない数々の記憶。幼い頃の福留さんと久次さんの出会いから、別れまでの……。


 久次さんへの深い愛情が魔力と共に流れ込んできて俺の心を熱くする。


「絶対に救い出してみせる……っ!」

『待ってて、比呂くん……っ!』


 福留さんの力を借り、波のように押し寄せる触手を切り裂いて再び肉塊へと突き進む。福留さんを構成する凄まじい量の魔力が、俺のステータスを限界すら超えて押し上げていた。


 これなら……っ!


 触手を薙ぎ払い、魔力をヒヒイロカネの剣に集中させる。この剣も、久次さんと福留さんが居たから作れた物だ。奥多摩での借りを、ここで返してみせるっ!


「〈光炎刃――バニシングスラッシュ〉ッッッ!!!!!!」


 放った渾身の一振りが触手を消し飛ばし、肉塊を切り裂く。大きく開かれた傷の向こう、四肢を肉に拘束された久次さんの姿が確かに見えた。


「久次さんっ!」


 傷跡が回復する前に肉塊へ接近し、傷口が閉じないように剣を突き立てる。


 そして、


『比呂くんっ!』


 拘束された状態の久次さんへ、福留さんは飛びかかって抱き着いた。

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