第92話 伝承

 交代しながら1~2時間の仮眠を終え、俺たちはついに恐山ダンジョンの探索済み範囲の末端へと到達した。


「ここから先は僕もどうなっているかわからない。慎重に進もう」


 久次さんと福留さんを先頭に、俺たちは薄暗いダンジョンを懐中電灯の明かりを頼りに進む。周囲を警戒しつつ、浪川さんは手元を明かりで照らしながら方眼紙に書き込みを行っていた。


 その様子が気になったようで、新野が浪川さんに問いかける。


「何やってるのよ、浪川さん?」


「見てわからねぇか? マッピングだよ、マッピング。ここから先はデータのねぇ未知のダンジョンだ。分かれ道でもあってみろ。一つや二つなら何ともねぇが、幾つも出て来たら帰りに迷っちまう。だからこうやって、地図を作りながら進むんだ」


「なるほど、確かに地図があったら便利よね」

「冒険者の基礎中の基礎だぞ、おい……」


 浪川さんは呆れたように溜息を吐いた。俺も新野もその辺は何とかなるだろうと思ってここまで来てしまったわけだが、言われてみれば迂闊だった。


 ここまでは久次さんの案内で最短ルートを進んできたものの、ここから先は未探索エリア。分かれ道があったとき、必ずしも正解のルートを進めるわけじゃない。


 未探索エリアの探索は困難を極めた。幾つかの分岐を進んでは行き止まりに突き当たり、戻って別の分岐へ進む。それを亡霊との戦闘をしながら何度も繰り返す。進んでは戻り、戻っては進む。その繰り返しで、時間と疲労だけが増えていく。


 未探索領域の探索は、思っていたよりも大変だな……。


 これまでと代り映えのなかったダンジョン内に変化が訪れたのは、もう数時間以上歩き続けた後のことだった。


『ストップ! 比呂くん、この先に何か居るよ……!』

「この先に何かが居るみたいだ」


 久次さんの言葉に、俺たちは足を止めて武器に手を置いた。


「ちっ、また亡霊かよっ」


 東郷が槍を構えながら舌打ちをする。


 東郷は槍使いなのだが、これまでの戦闘で彼の持つ槍から雷撃の魔法が放たれる所を何度か目撃している。おそらく槍自体が魔力を持つ遺物アーティファクトなのだろう。ダンジョンではごく稀にそういったものが発見されるらしい。


 雷撃の魔法は亡霊にも有効なため、東郷の戦闘での貢献度はそれなりに高い。だが、今回のダンジョン攻略には初めから乗り気じゃなかったのか、不満げな態度を隠そうとせずソフィアに対しても敵対的な態度を示している。


 そんな彼に、福留さんはゆっくりと首を横に振って見せた。


『たぶん、亡霊じゃないと思う。人間……?』


「人間? 僕たちの他にも冒険者が居るのか……? とにかく、慎重に進もう」


 久次さんを先頭に武器を構えながら進むと、やがて少し広めの空間へと行きついた。そして、そこで俺たちを待ち受けていたのは確かに人だった。


 だが、様子がおかしい。服装からして異様だ。大きな布を帯で止めただけのような簡素な服に、足元は草履といういで立ち。額には漢字が書かれたお札が張られ、ふらふらと徘徊するように動き回っている。


 その肌は青白く血の気を感じない。目は完全に白目を剥いてしまっていた。


 ……前世の記憶に残るグールに似ている気がするが、もっと近しい存在を昔の映画か何かで見た覚えがある。


「中国版のゾンビみたいなモンスター……。たしかキョンシーって言うんだったか……?」


「ああ、間違いねぇ。前に協会の資料で見たことがあるぜ。中国のダンジョンじゃよく現れるって聞くが、なんだってこんな所に居やがるんだ……!?」


「……徐福の霊薬伝説か」


 ぽつりと久次さんが呟く。そう言えばソフィアがそんな話をしていたな……。


「どうやら伝承の通りだったようでございますね。秦の始皇帝の命を受けた徐福は、3000人の若い男女を引き連れ東へと旅立った。彼らが辿り着いたとされるのがこの恐山ダンジョンでございます」


「……秦の始皇帝って、2200年以上前の人物よ? その頃はまだ日本は弥生時代だったはず……。まさか、そんな時代からこのダンジョンで徘徊していたっていうの?」


「このダンジョンに満ちた魔力と、死者を操る死霊魔法が腐敗を防いでいるようでございますね。……ですが、魂は既に抜け落ちている。大方、これまでわたくしたちが戦ってきた亡霊にでもなり果てたのでしょう」


 明かりで照らしてみれば、キョンシーは一体だけじゃない。ここから先、広々とした空間の中に数十体以上の人影が蠢いている。ソフィアの言う伝承が正しければ、その総数は3000を超えるってことか……? 想像するだけで気が重くなる数字だ。


「死霊魔法の効果が続いてるってことは、術者は2000年以上前から生き続けてるってことかしら……? もしくは……」


「何らかの理由で魔法のみが残り続けているのか、でございますね」


「なんにせよ先へ進むには、ここを突破するしかなさそうだね」

「行くしかねぇ。結のためだ……!」


 久次さんと浪川さんが一歩を踏み出し、俺たちもそれに続く。俺たちの存在に気付いたキョンシーは、俺たちに向かって一斉に襲い掛かってきた。


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