第83話 行方不明

 修学旅行が終わって一か月が経ち、二年一組のクラスでは夏期講習がどうの、受験がどうのという話がどこからともなく聞こえてくるようになった。


 期末テストも終わって久しく、夏休みまであと少しという時期でもある。受験関係以外の話題といえば夏休みの予定などだが、そういった浮ついた話題は教室の中ではあまり聞こえてこない。


 どことなく、明るい話題で盛り上がってはいけないような雰囲気が教室の中に流れているからだ。


 一か月前から誰も座っていない席がある。その席の主の名前は上野純平。修学旅行中に発生した京都市伏見区稲荷山のダンジョン化事件で行方不明となった2人の内の1人だ。


 稲荷山では今も形だけの捜索活動が行われている。


 形だけというのは、上野ともう1人の行方不明者である西山夏鈴(にしやま・かりん)という女性がダンジョン化の首謀者だからに他ならない。


 異世界での名はゼノ・レヴィアスとソフィア・マモンソ。既に行方をくらませた彼らを捜索しているのは、彼らのこっちの世界の家族や世間に対するアピールでしかない。


 それを知っているのはごく一部の人間だけで、この教室で言えば俺と新野と秋篠さんだけだ。他のクラスメイトたちは今なお行方不明の級友を慮ってか、教室では静かに過ごしていることが多い。


 それでも表面上はみな普段通りにしているのだが、やはりこれまでクラスのムードメーカーだった神田が粛々と日々を過ごしていることがクラス全体に影響している。


 上野と同じクラス委員で、上野に想いを寄せていた大塚さんも、誰とも会話しようとせず一人で居る時間が多くなった。授業中もボーっとしていて、期末テストの結果もあまりよくなかったらしい。


 ……何とかしてやりたいところだが。


 せめて上野は無事だと伝えることができれば、少しは二人の気も晴れるかもしれない。だが、それを伝えようとすれば異世界のことから話さなければいけないわけで。下手をすれば二人の神経を逆なですることにもなりかねない。


 ままならないな……。


 どうしたものかと頭を悩ませている内に放課後になる。


「土ノ日、今日も行くでしょ?」

「ああ、今日は池袋にするか」


 いつものように放課後は新野とダンジョンに直行してレベルアップに勤しむ。そろそろ新宿や池袋では下層でもレベルアップ効率が落ちてきたが、平日は授業があるために地方のダンジョンに遠征するわけにもいかない。


 近場に実入りのいいダンジョンがないか浪川さんに聞いてみるか……。なんて考えながら教室を出ようとしたところ、


「ま、待って二人とも!」


 と、秋篠さんに呼び止められた。


「古都? どうしたのよ?」


「あ、えっと。さっきチャットに通知が入って、NWの松田さんが私たち3人にちょっと聞きたいことがあるって」


「松田さんが?」


 松田さんといえば、浪川さんがリーダーを務める冒険者パーティNW《ナイトワーカー》の一員で、俺たちとは新宿ダンジョン中層領域探索クエストで一緒だった人だ。


「なんの用件かしら?」

「さあ……。もし時間があれば近くの喫茶店まで来て欲しいって」


 唐突の誘いだったが断る理由もなかったため、俺たちは3人で指定された喫茶店に向かうことにした。


 喫茶店で俺たちを出迎えた松田さんは、どこか落ち着かない様子で俺たちに飲み物を訊ねると、早口で店員さんに注文をしてからお冷を一気に飲み干した。


 何かあったのだろうか?


「わざわざ来てもらってすまない。実はうちのリーダーがどこに行ったか冒険者仲間に聞いて回っててな……」


「リーダーって、浪川さんですか?」


 俺が尋ねると、松田さんは神妙な面持ちで頷く。


「あぁ……。実は2日前からダンジョンへ行くって言ったきり連絡が取れないそうなんだ……」


「えっ!?」

「ダンジョンで行方不明になったってことかしら……?」


 新野の問いに松田さんは首肯する。俺たちは運ばれてきたコーヒーに口も付けられないまま、3人で顔を見合わせた。


 プロの冒険者なら、2~3日ダンジョンに潜って音信不通というのも珍しい話じゃないだろう。


 けれど、浪川さんはつい先日に冒険者を引退している。


「どこのダンジョンに行ったかわからないってこと?」

「ああ。奏ちゃんにはダンジョンに行くとだけ言ったそうだ」


 ……やっぱりおかしい。


 いつダンジョン化が起こってもおかしくない今だから家族の傍に居たいと冒険者を引退した浪川さんが、どこのダンジョンに行くとも言わずに居なくなるとは考えられない。


「あの、奏さんに話を聞けますか?」


 俺がそう訊ねると、松田さんはどこか悲しげな表情を浮かべ、


「奏ちゃんは…………いや、待ってくれ。確認してみる」


 そう言ってスマホを取り出し、松田さんは席を立った。ほとんど味のわからないコーヒーを飲んで待っていると、数分ほどで松田さんが戻ってくる。


「奏ちゃんが君たちに会って話をしたいそうだ。ついて来てくれるか?」


 俺たちはえも言わずに頷いて喫茶店を後にした。


 そして松田さんに案内されて向かった先。

 そこは国立大学の大学病院だった。

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