第四章:恐山ダンジョン攻略編
第82話 変わり始めた世界
「〈炎槍多重爆撃〉っ!」
新野が放った炎の槍は幾重にも細分化され、まるで炎の雨のようにヴァンパイアバッドの群れへ降り注ぐ。一メートルを優に超える巨体を持つ蝙蝠のモンスターは炎に巻かれて次々に墜落していった。
「はぁあああああああっ!」
それを横目に見つつ、俺はイービルベアへと斬りかかる。秋篠さんがくれたミスリル製の盾でイービルベアの鋭い爪を防ぎ肉薄。安珠が作ってくれたヒヒイロカネの剣が、イービルベアの分厚い皮膚を熱したナイフを当てたバターのように軽々と切り裂く。
「土ノ日!」
「平気だっ!」
暴れまわるイービルベアの背後に回り、首筋を一閃。ゴトッ……と首が落ち、イービルベアは沈黙する。
「〈炎槍爆撃〉!」
天井に張り付いていた残りのヴァンパイアバッドを撃ち落とし、新野は小さく息を吐く。
「今日はここまでね」
俺たちの周囲には夥しい数のモンスターの死骸が落ちていた。
場所は新宿ダンジョン下層。あの修学旅行の日から、一か月が経とうとしている。
「ようやく〈魔力開放〉なしでイービルベアを倒せるようになったわね。魔力が節約できて助かるわ」
「結構ギリギリだったけどな。盾と剣の力のおかげだ。そっちも魔法の威力が上がってきたんじゃないか?」
「そうね。前は〈炎槍多重爆撃〉でもヴァンパイアバットを撃ち漏らすことが多かったけど、ようやくレベルアップを実感できたわ」
俺たちが新宿ダンジョンの下層に居る理由。それはひとえに、俺たち自身のレベルアップのためだった。
修学旅行での一件で、俺たちは互いに力不足を再認識させられた。
迫りつつある二つの世界の戦争。それを阻止するための力が、俺達には圧倒的に不足している。前世の頃に遠く及ばないレベルとステータスでは、守りたいものを守れない。
これまではダンジョンを攻略するためにコツコツとクエストをこなしながら、レベルアップしていけばいいと思っていた。
だが、それでは間に合わない。
上野……ゼノたちは今もこの世界のダンジョン化を進めようとしている。それを阻止し、戦争を回避すると決めた以上、のんびりとはしていられない。
修学旅行から戻ってすぐ、俺たちは毎日のようにダンジョンに通ってレベルアップに努めた。その甲斐あって、一か月が経ちようやく新宿ダンジョンの下層でも危なげなくレベル上げができるようになってきた。
ヴァンパイアバットやイービルベアを相手に無傷で立ち回れるようになったのは一つの指標として考えていいだろうな。ただ、こうなってくると経験値の実入りも悪くなる。どこか別の稼ぎ場が必要だ。
「そろそろ戻りましょ。冒険者協会にも報告しないとだし」
「そうだな」
俺たちは周囲に落ちているモンスターの死骸の写真をスマホに収め、地上へと戻ることにした。道中のモンスターは俺たちがほとんど狩りつくしてしまったため、接敵することもなく上層へと辿り着く。そのまま地下鉄へ乗り込み、向かった先は冒険者協会の本部ビル。
何をしに行くのかと言えば今回のレベル上げで倒したモンスターを報告し、死骸からの素材回収を依頼するためだ。
数体程度のモンスターの死骸であれば自分たちで持って帰るが、レベル上げの時は大量の死骸が発生してしまう。それらから得られる素材を自分たちで持って帰るのはほぼほぼ不可能で、素材回収を専門としている冒険者に依頼してしまったほうが手っ取り早い。
依頼料として素材の売却費の6割を持って行かれるが、それでも捨ててしまうよりはずっとマシだろう。特に今回はかなりの量の素材が取れるはずだ。残りの4割でもそこそこの収入にはなる。
すっかり日も暮れた時間帯。仕事帰りのサラリーマンで満員になった電車に揺られて霞が関に辿り着く。冒険者協会のビルに入ると、見知った顔に出くわした。
「おう、勇と舞桜じゃねぇか」
俺たちに声をかけてきたのは、冒険者パーティ
「えっと、浪川さんよね……?」
「なんで疑問形だよ。どこからどう見ても俺だろうが」
そう言う浪川さんの格好はスーツ姿で、ダンジョンに潜る際の重装備と家でのスウェット姿しか見たことのない俺たちはどうにも違和感を覚えてしまう。髭も剃っているし、髪の毛もワックスでしっかり決まっているから、俺もパッと見では誰か判別できなかった。
「久しぶりだな、お前ら。最近随分と頑張ってるみたいじゃねぇか。ちょっとした噂になってるぜ?」
「噂ですか?」
「おう。新宿と池袋の中層以下でモンスターを虐殺して回ってる冒険者が居るってな。おかげで討伐クエストより素材回収クエストの方が儲かるってんで、素材回収クエストの競争率がえげつねぇことになってやがる」
「そんなことになってたのか……」
ここ一か月、無我夢中でレベル上げに勤しんで居たから同業者からの視線をほとんど気にしちゃ居なかった。どうやら知らず知らずの内に悪目立ちしてしまっていたようだ。
「ところで浪川さんのその格好、もしかして就職活動かしら?」
新野がどこかからかうように問いかける。冒険者をしている浪川さんが就活なんてするはずないだろ。きっと冒険者同士の会議が何かに参加していたに違いない。
「まあ当たらずも遠からずだな」
浪川さんからの返事は意外なものだった。
「ここ最近、冒険者になりたいって奴が増えてるだろ。知り合いの協会職員から新人冒険者の指導をしてくれねぇかって頼まれてよ。今さっき契約書にサインしてきたところだ」
「新人冒険者の指導ですか……?」
冒険者協会がそんなことをしているって話は聞いたことなかったが……。
「この前の伏見の一件で冒険者になりてぇって奴が増えたは良いが、冒険者になっても何をすりゃいいのかわからねぇって問い合わせが殺到したんだと。それで、この際だから新人冒険者向けの講習を開いて金稼ぎをしようって魂胆だろうよ」
「なるほど、そういうことか」
秋篠唯人が世界のダンジョン化への備えを進めると言っていたが、どうやらその一環らしい。戦力になる冒険者を増やして資金集めもできるまさに一石二鳥。上手く考えられている。
「っつーわけで、俺は冒険者を引退して後進の育成に身を捧げるって決めたわけだ。娘も生まれたし、こんなご時世だ。いつどこでダンジョンが発生するかわからねぇって状況で、あいつらの傍を離れてダンジョンには潜れねぇよ」
いつどこでダンジョン化が発生するかわからない。その話は冒険者協会によって世界中に周知された。実際に伏見稲荷大社だけでなく世界各国でダンジョン化の報告がされていて、俺たちが過ごしていた日常は徐々に崩壊を始めている。
「浪川さん、冒険者引退しちゃうのね……。NWも解散ってことかしら?」
「そうなるな。元々、コンビニ夜勤のバイト仲間で集まった連中だが、今じゃそれぞれ別の仕事もしてる。お前らとのクエストで懲りてあまり危険なクエストも受けねぇようになっちまってたし、冒険者パーティとしては潮時だったのさ」
「寂しくなりますね……」
浪川さんには新宿ダンジョンでお世話になって以降も色々と気にかけてもらっていた。これからも何度か一緒にダンジョン攻略ができるかと思っていたのだが、このご時世だから仕方がないのかもしれない。家族の傍に居たいという気持ちは俺にも理解できる。
「まあ冒険者は引退するが勤め先はここだからよ。むしろ今までより顔を合わせる機会が増えるんじゃねぇか? お前らもまだ冒険者になって半年も経ってねぇヒヨッコだろ。いつでも俺の講習に顔を出して良いんだぜ?」
「どうする、新野?」
「無料で受けさせてくれるなら考えなくもないわね」
「お前らなぁ……」
どこか寂しそうな顔をする浪川さんに冗談ですとフォローを入れて、この場で浪川さんと別れる。奏さんが好物のハンバーグを作って待ってくれているそうで、浪川さんは頬を緩ませながら帰っていった。
「……結ちゃんがちょっと羨ましい」
「新野?」
「何でもない。あたしたちも行きましょ。早くしないと受付が閉まっちゃうわ」
その後、俺たちはモンスターの素材回収を冒険者協会に依頼して帰路に就いた。
浪川さんがダンジョンで行方不明になったことを俺たちが知ったのは、それから一週間後のことだった。
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