第73話 緊急招集

 霞が関にある冒険者協会本部ビル。その最上階にある執務室で、秋篠唯人はタブレット端末を見ながら頭を悩ませていた。


 端末に表示されているのは、先月のゴールデンウィークに発見された奥多摩ダンジョンの未探索領域……そこで見つかった未知の古代文明の遺跡に関する調査報告書だ。


 報告書の内容を結論から言えば、何一つわからなかった。


 ダンジョン内で遺跡が発見された例は全世界でこれまで一度も報告されていない。アーティファクトなど特殊な遺物が残されていた例はあるが、神殿が完璧な状態で発見されるなど異例の出来事だった。


 すぐに協会内で専門の調査チームが発足され2週間にも及ぶ調査が行われたのが、その結果が『わからない』の五文字である。


「いったい何時、誰が作ったのかもわからない遺跡か……」


 ヒントとなりそうな、神殿の壁面に刻まれた未知の文字。国内の言語学者を総動員して解析を行ったが、それらしい成果は得られなかった。


 報告書では遭難した冒険者と救助にあたった冒険者の証言を参考に、七つの首を持つ蛇のモンスターが祀られていたことから日本神話のヤマタノオロチ伝説との関連を指摘する意見もある。


 とはいえ、この意見は場所が中国地方から遠く離れている点などを根拠に、日本神話の研究者からは否定的な意見が多かった。


 遺跡の調査は行き詰っている。それを見透かすように、諸外国からの圧力もかかっていた。どこから漏れたのか、日本政府にはアメリカや中国から調査チームを派遣させろと毎日のように電話がかかってきているという。政府が圧力に屈するのは時間の問題だろう。


 唯人や冒険者協会としてはヒヒイロカネの産出が期待されるダンジョンに、海外の調査チームを立ち入らせたくないのが本音だ。調査を名目にヒヒイロカネを採掘されてはたまったものではない。


「どうしたものか……」


 机に肘をつき、額に手を当てて溜息を吐く唯人。そこへノックもそこそこに秘書を務める女性が執務室へ飛び込んできた。


「失礼します! 唯人様、緊急事態です!」


 随分と慌てた様子で捲くし立てる秘書に、唯人は姿勢を正して問いかける。


「君が取り乱すなんて珍しいな。何かあったのかい?」

「唯人様、こちらを……!」


 そう言って彼女はリモコンを操作し、執務室のモニターにテレビ映像を流す。映像はどこかの上空を飛ぶヘリからの中継映像だった。




「こちら、京都市伏見区の上空です! あれをご覧ください! 千本鳥居でも有名な伏見稲荷大社の裏手にある稲荷山が、すっぽりと真っ白な霧に覆われています! この異常な霧の内部で観光客が刃物を持った何者かに襲われるという事件が発生しました。通報を受けた警察が内部を調査したところ、霧の中はダンジョンのようだったとのことです! 京都府警の正式発表によりますと、霧の内部にダンジョンが発生した可能性が極めて高いとのことです! 繰り返します! 京都府警の発表では、この霧の内部にダンジョンが発生した可能性が極めて高いとのことです!!」




「何がどうなっている……?」


 唯人ははじめ、興奮した様子でリポーターが話す内容を理解することができなかった。


 明らかに異常な霧に覆われた伏見稲荷大社のご神山。その内部がどのようになっているのか、中継の映像からは何一つわからない。


「この報道は本当なのか?」

「確認はまだ……。ですが、つい先ほど京都府警と京都府消防本部より冒険者の緊急派遣要請がありました。おそらく、報道は事実かと……」

「まさかダンジョンが発生するなんて……」


 前例のない異常事態だ。有史以来、未発見のダンジョンが見つかることはあっても、それまでダンジョンが無かった場所にダンジョンが出現したという記録は一つもない。


(何が起こっている……?)


 手元のタブレット端末に表示された未知の古代文明の遺跡。そして、新宿ダンジョンの最奥に現れたという未知の言語を操るモンスター。これらを無関係と片付けることが、唯人にはどうしてもできなかった。


「すぐに職員を派遣して現地の状況を報告させるんだ」

「冒険者の派遣はどうされますか?」

「内部の状況がわからない内に派遣することはできない」


 ダンジョンの内部がわからないまま、ダンジョンの脅威度に対して低ランクの冒険者を派遣すれば冒険者に被害が出て世論からのバッシングを受ける。


 逆に脅威度に対して高すぎるランクの冒険者を派遣すれば、費用が膨れ上がって理事会から槍玉にあげられ、ただでさえ傾いている冒険者協会の資金繰りがさらに悪化する。


 現地に派遣した職員からの情報を精査し、適切なランクの冒険者を派遣するべきだと唯人は判断した。


 だが、その判断に秘書は戸惑った様子を見せる。


「よろしいのですか……?」

「何がだい?」


「確か今、古都様が修学旅行で京都に居られたはず……。スケジュールでは今頃、ちょうど伏見稲荷大社を参拝されている頃かと思いますが……」



「すぐに関西方面に居る全Aランク冒険者に緊急招集だ! ボクも現地に向かうっ! ヘリの用意を急いでくれっ!」



「かしこまりました。それでこそ唯人様です……!」


 シスコンな唯人が大好きな有能秘書は、唯人の指示を遂行するべくすぐさま執務室を後にするのだった。



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