第70話 修学旅行2日目-急転-
鈴と笛の音色が流れる。本殿への参拝を済ませた俺たちは、すぐ傍の神楽殿で行われていた3人の巫女さんによる神楽に目を奪われていた。
「綺麗な音ね」
「だな……」
ともすればずっと聞いていられそうなくらいに綺麗な音だ。踊りも優雅で上品さがあり、どれだけ見ていても飽きが来ない。とはいえ、ずっと見ていたらそれだけで時間が過ぎてしまう。
見学もそこそこに、俺たちはおみくじを引くことにした。
「よっしゃ大吉っ!」
社務所で巫女さんから籤を受け取った神田が渾身のガッツポーズを決める。書いてある文字を見て頬をだらしなく緩めているあたり、恋愛の項目に良いことでも書いてあったんだろうな。
「私は末吉かぁ」
一方で大塚さんは籤を見て苦笑していた。悪くない方だと思うんだが、「いっそ悪い方がよかったな……」なんて呟きが聞こえてきて居た堪れなくなる。
そして他の面々の結果はといえば、秋篠さんは中吉。そして残る三人は大凶だった。
「マジかよ、大凶三人とかやばくね……?」
神田が俺と新野、そして上野を見てドン引きしている。
確率としてはどれだけのものかわからないが、人生で初めて大凶に当たったかもしれない。書いてある内容も散々だ。これは持って帰りたくないな……。
「悪い結果のおみくじって紐か何かにくくるのよね?」
「あそこにある紐じゃないかな?」
上野が指さした先。稲荷山の方へ続く階段の傍に籤をくくる紐が設置されていた。既に沢山の籤が紐にくくられていて、隙間を探して見様見真似で紐に籤をくくる。新野も同じようにおみくじを紐にくくったが、上野はそのまま折りたたんで財布にしまい込んだ。
「ぼくは持っておくことにするよ。これも一つの思い出になるからね」
なるほど、そういう考え方もあったか……。上野のポジティブさは少し見習いたいな。
その後、俺たちはすぐ傍の階段を上って千本鳥居を見て回ることにした。
緩やかな階段に沿ってずっと先まで朱色の鳥居が並んでいる。まるでトンネルのようで、一歩足を踏み入れると現世とは全く違う別の世界に入り込んだかのような錯覚を感じた。なんというか、空気が変わったような気がする。
パワースポットって眉唾だと思っていたけど、もしかしたらここのような場所のことを指すのかもしれないな。
「すげぇ、マジで鳥居が並んでるじゃん! これはガチで千本あるか数えるしかねぇっしょ!」
と言って数え始めた神田だったが、しばらく行くと道が二手に分かれて早々に挫折していた。パンフレットによれば行き着く先は一緒のようで、せっかくだからと二手に分かれて移動する。右のルートには神田と大塚さん、左のルートには俺と新野、秋篠さんと上野が進んだ。
「……不思議ね」
ぽつりと、俺と並んで歩いていた新野が呟く。
「何がだ?」
「あんたとこうして一緒に修学旅行を楽しんでいることよ。前世じゃ考えもしなかった」
「……そうだな」
あれだけ憎しみあっていた勇者と魔王が、来世で一緒に修学旅行を回っていると知ったら勇者レインはどんな顔をするだろう?
「新野、俺たちはもうゆう……前世の俺たちじゃない。今くらいは昔のことなんか忘れて楽しまないか? そうじゃないと、せっかくの修学旅行なのに損だろ」
「……ええ、そうね。確かに楽しまなきゃ損ね。それじゃ、土ノ日。宇治抹茶アイスを賭けて競争よっ!」
「はっ!? おい待て不意打ちで走り出すのズルいだろっ!」
というかさっきパフェ食べたばっかりだろうがっ!
全力で追いかけたが普通に負けた。ダンジョンなら勝てるのに……。負け惜しみか……。
神田たちとも再び合流して、途中のおもかる石や社なども巡りながらどんどん階段を上っていく。鳥居は稲荷山の山頂まで続いているらしく、せっかくだから全部回ろうと山頂を目指すことになった。
バスケ部の神田や水泳部の大塚さん、そして育人さんに幼い頃から鍛えられてきた秋篠さんはすいすいと階段を上っていく。上野もそれについていき、気づけば俺と新野がみんなから遅れていた。
くそっ、競争なんてするんじゃなかった……! 登山並みにきついだろ、これっ!
階段は急だったり緩やかだったり、木だったり石だったりと規則性がない。それが余計にスタミナを消費させる。もはや楽しむどころの疲労感じゃなかった。
我ながら持久力がなさすぎる。もっと鍛えないとな……!
互いに無言になりながら、新野と共に何とか四つ辻という場所まで辿り着いた。展望スペースに面した休憩所があって、多くの観光客が休んでいる。俺たちもベンチに腰掛け、揃って大きなため息を吐いた。
「つ、土ノ日くん、舞桜ちゃん、大丈夫……?」
「あ、ああ……。何とかな……」
「あたしはもう無理ぃ……。これ以上進みたくないわよぉ」
パンフレットによればここから山頂まではまだ30分近くかかる。さすがに体力の限界だ。出来ることならしばらく休みたい。
「だらしねぇなぁ、勇っち。あと少しだぜ?」
「あと少し頑張って、新野さん」
元気が有り余ってる様子の神田や大塚さんはこのまま山頂まで行きたい様子だ。
「それなら、二人で行って来たらどうかな?」
そう提案したのは上野だった。
「山頂から下るとまたここに戻ってくるみたいだし、ぼくらはここで休んでるよ」
「そ、そうか? それじゃあ……行くか、夢」
「え、二人きり? というか、あなたまた夢って……。まあ、いいけど」
上野の提案で、神田と大塚さんは二人で山頂に続く階段を上って行った。神田が望んだ二人きりのシチュエーション。山頂は景色もいいだろうし、もしかしたらこのタイミングで神田が一歩踏み出すかもしれないな。
「ぼくもちょっとお手洗いを探してくるよ。みんなはここで休んでて」
そう言って上野はトイレを探して神田たちが進んだ道とは反対側へ進んでいく。パンフレットの地図によれば、上野が行った道が山頂からの帰り道だ。その道中にトイレがあると書かれている。
神田たちが戻ってくるまでだいたい一時間ほどだろうか。残った3人でベンチに並んで座り休憩する。
ベンチからは京都の街並みが一望できた。ただ少し残念なことに、霧が出始めたようで薄ぼんやりとしてしまっている。
「風がヒンヤリしてて心地いいわね」
「うん。6月とは思えないくらい……ちょっと肌寒いね」
汗をかいた肌にかかる風は6月とは思えないほど冷たい。初めは山に登っているからかと思ったが、何かがおかしい。
「……なあ、こんなに霧が濃かったか?」
いつしか展望スペースからの眺めは濃霧によって掻き消されてしまっていた。視界が100メートルほどしか効いていない。
……あり得ない。理科はあんまり得意じゃないが、さすがにこんな濃い霧が発生する気象条件じゃなかったはずだ。
それに、
「気づいてるわよね、土ノ日」
「……ああ」
体が軽い。さっきまであった疲れが吹き飛んでいる。手足に力が漲り、全感覚が研ぎ澄まされていく。
この感覚を、俺たちは知っている。
「……どうなってるんだ、これ。どうして、ステータスの恩恵を受けられているんだよ……?」
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