第69話 修学旅行2日目

 バイキング形式の朝食を食べ終えて朝食会場から出た所を新野と秋篠さんに呼び止められ、昨晩と同じラウンジのソファで難しい顔をした二人と向き合う。いったいどうしたんだ……?


「昨日の神田君の話、上野君にも話したのよね……?」

「上野くんの様子、変じゃなかった……?」

「いや、そういう感じはなかったな……」


 神田から大塚さんに告白すると聞いて、上野はいつものようにニコニコしながら「応援するよ」と答えていた。これと言って不自然なところはなかったように思う。


 ……あの中庭でのやり取りを見ていなければ、だが。


 新野と秋篠さんが何を気にかけているのか、何となく想像がついた。


「上野と大塚さんに何かあったのか……?」

「……いいんちょー、上野君に告白して振られちゃったみたいなのよ」

「やっぱりそうか……」

「やっぱりって、土ノ日くん知ってたの……?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどな。昨日の夜、ちょうどここから中庭にいる上野と大塚さんが見えたんだよ。盗み見をするつもりはなかったんだが……」


 どうやらちょうど、大塚さんが上野に告白する場面を目撃してしまったようだ。


「大塚さんの様子はどうなんだ……?」


「あんたたちと別れて部屋に戻ったら、真っ暗闇の中でいいんちょーが泣いてて腰を抜かしそうになったわ……。古都と二人で遅くまで励まして何とか持ち直してくれたと思うんだけど……」


「神田くんの告白のことがあるから、どうしようって悩んでたの……」

「難しいところだな、それは……」


 傷心の大塚さんに、神田の告白がどう影響するか。プラスに働くこともあれば、マイナスに働くこともあるだろう。新野と秋篠さんが悩んでいるのは、神田に告白を見送らせるべきか否かだろうな。


 ……大塚さんが告白して振られた相手が上野だということが、話をまたややこしくしている。神田の告白を止めようにも、大塚さんが上野に告白して振られたからなんて言ったら話がややこしくなるぞ……。


 こういう時、恋愛経験が豊富ならもっと色々な考えが思い浮かぶのかもしれないが……。


「そういう経験がないから何とも言えん」

「あたしたちも結局はそうなのよねー……」


 恋愛経験のない俺たちがどうしたって仕方がない。そんな結論に至り、俺たちは成り行きを静観することにした。神田の告白が成功するのをただただ祈るばかりだ。


 ホテルからの出発時刻になり、俺たちは伏見行きのバスへと乗り込んだ。予定では午前中いっぱいを伏見稲荷大社とその周辺探索に充て、昼食を食べてから電車で京都駅へ移動。そこから市バスで清水寺などの観光地を回ることにしている。


 他の班もそんな感じかと思いきや、意外と嵐山ルートの方が人気なようで伏見行きのバスに乗り込む生徒の数はあまり多くなかった。


 俺たちが乗ったバスが停車したのは、伏見稲荷大社からやや距離のあるバス置き場。ここから歩いて10分ほどかかるそうだ。


 せっかくならもっと近くで降ろしてくれとも思ったが、伏見稲荷大社の周辺道路はかなり狭く、また車の通りが激しい。人も大勢歩いていて、とてもじゃないがバスでは近づけない場所だった。


「人凄いわね。東京とそんなに変わらないんじゃないかしら」

「ほとんどが観光客だろうな」


 外国人の姿も多くあって、時折日本語以外の言語も聞こえてくる。さすが日本有数の観光名所だ。


 人の流れに従って線路や川を渡ると、道の両脇に土産物屋や食事処が建ち並ぶようになった。ふと見れば生八つ橋専門のお店もあって、イチゴなどフルーツ系の生八つ橋がショーケースに並べられている。色物かと思ったら普通に売ってるのな。後で買ってくか。


「じゃーんっ! 修学旅行と言えばこれだろっ!」


 いつの間にか俺たちから少し離れていた神田が、手に木刀を持って戻ってきた。


「まさかと思うけど、買ったの?」

「おうっ!」

「……ほんとバカ」


 笑顔で答える神田に、大塚さんは額に手を当てて大きな溜息を吐く。


「良悟、これから色々京都を見て回るのにずっと木刀を持ち歩くつもり?」

「…………あっ」


 上野に指摘されてようやく気付いたようで、神田は微妙な顔で手に持つ木刀を見つめた。しばらく考えた末に、そのまま持ち歩くことにしたようだ。


 その後、様々なお店を見て名物らしい雀の丸焼きに驚いたりしながら伏見稲荷大社に向かっていると、やがて道の両脇に出店が並び始めた。


「あった、たい焼きパフェ!」


 新野はお目当ての店をさっそく見つけたようで、秋篠さんを連れて行列に並ぶ。神田も上手く大塚さんを誘えたようで、土産物屋を二人で見て回っている。


 さすがにあそこでは告白しないだろうけど、雰囲気はよさそうだな。大塚さんも、表面上は何事もなかったかのように、楽しそうにしている。


「ぼくらは向こうに座って待ってようか」

「だな」


 皆が戻ってくるまで、俺と上野は近くにあったベンチで待っていることにした。


「みんな凄く楽しそうだね」

「そうだな。何というか……」

「青春みたい?」

「あ、ああ。よく恥ずかしげもなく言えるな」


「あははっ。こういうのは恥ずかしがった方が恥ずかしいからね。……でも、そっか。青春か。……ちょっと羨ましいな。憎いくらいに」


「上野……?」

「土ノ日くん、君なら――」




「おーい、純平! こっち来てみろよ! 面白い物売ってるぜ!」




「今行く! ごめん、土ノ日くん。また後で」

「あ、ああ……」


 神田に呼ばれた上野は俺に断りを入れると、ベンチから立ち上がって神田たちの居る土産物屋の方へ行ってしまった。


 上野は今、何を言おうとしてたんだ……?




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