第58話 帰路

 俺と小春がダンジョンから外へ出ると、新野と安珠がこちらへ駆け寄ってきた。


「無事じゃったか、お主らっ!」

「うん、おにぃが守ってくれたから」


 小春がそう答えると、安珠はほっと胸を撫で下ろして俺を肘で小突いてくる。


「やるではないか、お主。さすが儂の見込んだ男じゃのぅ」

「俺だけの手柄じゃねぇよ。久次さんたちや新野が助けてくれたおかげだ」


 その久次さんと福留さんはと言えば、未探索領域の調査があると俺たちを地上に送り届けてすぐにダンジョンへ引き返して行ってしまった。


 ちゃんとお礼をしたかったのだが、また会える機会はあるだろうか。


「土ノ日」


 新野は俺の傍までやってくると、俺の額にデコピンを食らわせた。


「痛った!? いきなりなにするんだよっ!」

「誕生日おめでとう」

「は? 誕生日……?」


 そういえば、俺明日が誕生日だったのか。前世の記憶を思い出したせいで、自分の誕生日がいつだったかすっかり忘れてしまっていた。


 でも、どうして新野が俺の誕生日を知ってるんだ?


「あたしからの誕生日プレゼントが役立ったみたいで何よりだわ。……ほんと、心配させないでよね、ばか」


「これ、そういう意味だったのか。ありがとう、新野。おかげで助かった」


 感謝の言葉を述べつつ、右手の薬指に嵌めた指輪を新野に見せる。


「ちょっ……!? な、なんで薬指に嵌めてるのよ!?」

「いや、サイズ的に薬指がピッタリだったんだよ。左手じゃないんだし別によくないか?」


「それはそうなんだけどっ! そうなんだけどぉ……」


 まあいいや……、と新野は溜息を吐く。魔力が送られてきたということは彼女も対になる指輪を持っているはずだが、指に嵌めている様子はない。ネックレスにでもしているのだろうか?


「……こやつら付き合っておるのか?」

「今のとこはないんじゃない? 今のとこだけど」


 中学生二人が俺たちを見て何やら話し込んでいるが、新野に睨まれてすぐに会話は中断された。


 その後、俺たちは冒険者協会の職員さんの車で家まで送ってもらえることになった。


 道中、秋篠唯人から直電が来て「今日のことは内密に頼むよ」と言われたりもしたが、むやみやたらに言いふらすつもりはない。言ったとしても新野くらいだ。


 結局、あの神殿が何だったのかはわからず仕舞いだしな……。おそらく冒険者協会が捜索するだろうが、何かが見つかるということもないだろう。ナーガラシャを倒してから久次さんたちと一緒に神殿を一回りしてみたが、これと言って何も見当たらなかった。


 通路の壁面にあったリース語の羅列。あれもはたして意味があるものなのかどうか。


 ……考えても仕方がないか。奥多摩ダンジョンは冒険者協会に封鎖されてしまって戻れそうにない。アドラスの時と一緒で、何一つ進展はなかった。


「それにしても、一時はどうなることかと思うたが皆が無事で何よりじゃな。当初の目的も達成できたことじゃしのぅ」


 小春の後ろの三列目席に座る安珠が、シートベルトをしたまま後ろを向いてトランクからはみ出ている鉱石の塊を撫でる。淡い緋色を帯びたその鉱石は、ナーガラシャの尻尾から出てきたヒヒイロカネだ。


 ナーガラシャを倒した後に福留さんに呼ばれて行くと、ナーガラシャの燃え跡から灰に埋もれたこのヒヒイロカネが出てきた。いわゆるドロップアイテムというやつで、本来ならナーガラシャを討伐した久次さんに所有権があるのだが、


「僕らが貰っても売るだけだし、欲しいなら君にあげるよ」

『お金なら冒険者協会からたんまり貰えるもんねー』


 と譲ってもらえることになったのだ。


「これだけあれば剣でも何でも作り放題じゃ! 草薙剣ほどとは言わぬが、お主があっと驚くような剣を作ってみせるぞ!」


「頼んだぞ、安珠。予想以上に苦労して手に入れたヒヒイロカネだからな」


 出発前はまさかこんなことになるとは考えてもいなかった。俺も小春も無事で戻って来られて、ヒヒイロカネまで手に入れられたのは僥倖としか言いようがない。


 ……本当に運が良かった。


「おにぃ」

「ん? どうした、小春」


「おにぃ、私ね……帰ったら、冒険者になったことをパパとママに報告しようと思う」


 隣に座る小春は、俺の顔を見上げながらそう切り出した。


「……そっか」


 小春がいずれそう言いだすことはわかっていた。


 冒険者になることをずっと反対されていた小春だが、両親との仲は悪くない。むしろ良好な方で、母さんとは姉妹と間違われるくらいに仲が良い。小春の性格からしても、両親を騙して冒険者を続けることに抵抗はずっとあっただろう。


 それでも両親には黙って冒険者を続けていたが、今日のことで思うところがあったようだ。


「今日、冒険者がどれだけ危険な職業か思い知った。おにぃが守ってくれなかったら、私死んでたと思う。ダンジョンは私が想像できないくらい危険な場所で、パパとママがずっと反対していた理由が、今日ようやく理解できた」


「冒険者はもう辞めるか?」


 俺が尋ねると、小春は間髪入れずに首を横に振る。


「辞めない。だから、パパとママに言うの。冒険者を続けさせてくださいって。叔父さんやおにぃみたいに、かっこいい冒険者に胸を張ってなりたいから」


 小春の言葉で、俺はようやくとある出来事を思い出した。


 それはまだ、俺も小春も小さかった頃。小春が横断歩道を歩いている時に車に轢かれそうになったことがあったんだ。それを助けたのが、冒険者をしていた叔父さんだった。自分の身を投げ打って小春を助けてくれた叔父さんに、小春はずっと懐いていた。


 ……小春が冒険者になりたい理由は、叔父さんへの憧れからか。その叔父さんと並べられると、ちょっと気恥しいな。


「おにぃのことはパパとママには黙ってる。私が一人で冒険者登録したってことにするから――」


「ばーか」


 俺が軽くデコピンすると、小春は「あぅっ」と両手で額を押さえた。


「な、なにするのおにぃっ!」


「せっかくの機会だ。俺も父さんと母さんに報告する。どうせ遅かれ早かれバレるだろうし……それに、元はと言えば俺が黙って冒険者を始めたのがきっかけだしな」


「…………一緒に怒られてくれる?」

「ああ。二人でしこたま怒られようぜ」


 俺がそう言うと、小春は目じりに涙を浮かべて笑う。


「ありがとう、おにぃ。大好き」


 俺たちを乗せた車は夕暮れの中央自動車道を走り続ける。もう一時間と経たない内に帰宅できるだろう。


 帰ったら、父さんと母さんに何と言って切り出そうか。


 とりあえず拳の一つや二つ、飛んでくることは覚悟しといたほうがよさそうだな。




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