第50話 ヒヒイロカネを求めて

「ここが、冒険者協会の奥多摩支部……?」


 バスを降りて建物を見た小春が首を傾げる。俺たちの目の前にあったのは木造建築の古い小学校だった。


「十年ほど前に廃校になった小学校に支部を移転してね。ここは都心に近くて緑が多いから、協会職員の保養施設としても活用しているんだよ。さあ、窓口はこっちだ。ついてきなさい」


 バスを運転していた初老の男性職員さんに案内されて校舎内に入る。外見はそこそこの年季を感じさせたが、内部はリノベーションされているようで床や壁が綺麗に張り替えられていた。


 協会の保養施設として使われているのは本当のようで、教室だったと思われる部屋が二つに仕切られてホテルのような個室になっている。内部までは見れなかったが、泊まってみたくなる施設だな……。


「こっちだよ」


 案内された部屋の入口の上部には『職員室』の表札がそのまま残されていた。


 入ってすぐに窓口があり、俺たちを案内してきた職員さんがそのままカウンターの向こう側に行って椅子に座る。その後方では3人ほどの職員さんが仕事をしていたが、新宿や池袋の支部に比べると職員の数が極端に少なかった。それだけ仕事が少ないってことか。


「それにしても君たちみたいな若い冒険者さんは珍しいねぇ。ダンジョン内の駆除はつい最近やったばかりだから、しばらく冒険者さんは来ないと思っていたよ。目的はヒヒイロカネかい?」


「はい。まだ多少は取れると聞いて来たんですが、ヒヒイロカネは俺達でも採掘できますか?」


 俺が尋ねると、職員さんは「ちょっと待ってね」と言ってカウンターの下から地図を取り出す。俺たちに見えるようにカウンターへ置くと、赤いペンを地図の上に走らせた。


「ヒヒイロカネが残っているとすればこの辺り、ダンジョンの一番奥だ。モンスターがよく湧く場所だから、採掘目的の冒険者もあまり近づいていなかったんだ。けれど今はちょうどモンスターの駆除が終わった後だから、このあたりでも安全に採掘ができるはずだよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


 丁寧に印をしてくれた地図を受け取り、感謝の言葉を返す。


「ありがとうついでに質問なんじゃが、ヒヒイロカネを見つけるコツみたいなものはあるのかのぅ?」


「そうだねぇ……。ヒヒイロカネは魔力に反応して淡い光を放つ性質を持っているんだ。君たちの中に魔法を使える子が居るなら、壁に少しずつ魔力流しながら歩くといい。上手くやれば魔力にヒヒイロカネが反応して光を放つはずだよ」


「なるほど、それなら見つけるのは容易じゃな! ところで、魔法を使える者はおるのかのぅ?」


「新野、頼めるか?」

「……はぁ、仕方がないわね」


 新野はやれやれと肩をすくめながら了承してくれる。嫌々といった感じではなく、表情はどことなく得意げだった。


 それから俺たちは採掘用のツルハシを貸してもらい、装備を整えて職員さんと共に奥多摩ダンジョンへ向かった。


 ちなみに小春の装備は新調した安価なレザーアーマーだ。俺の使用しているものより簡単な作りで、防御力はそこまで高くない。とはいえ鍋やまな板よりはマシで、小春が購入できる範囲では一番いい防具である。


 校舎の裏手から山道を登って10分ほど、鉄柵で囲われたトンネルのような入り口が見えてくる。


「ここが奥多摩ダンジョンの入り口、奥多摩炭鉱跡地だ。ダンジョンはこの炭鉱の掘削中に見つかってね、当時は随分な大騒ぎになったらしい。戦前の話だから、すぐに帝国陸軍の迷宮攻略部隊に接収されたそうだ」


「そんな大昔に掘られてた炭鉱なのか」

「ほ、崩落したりせんじゃろうな……?」


「ははは。安心なさい、補修工事は済んでいるよ」


 職員さんは鉄柵にかけられた南京錠を外し、俺たちを廃坑の中へと招き入れた。廃坑の内部は意外と綺麗で、埃っぽくもなく天井にはランタンが吊るされていて明かりも確保されている。


 しばらく進むと鋼鉄製の分厚い扉が目の前に現れた。おそらくこの扉の先がダンジョンになっているんだろう。俺たちはここまで案内してくれた職員さんに礼を言って、扉をくぐってダンジョン内部へと侵入した。


 これまでの坑道に比べると薄暗く、新宿ダンジョンにも似た形状の洞窟が奥へと続いている。懐中電灯の明かりを頼りに進みつつ、新野には壁に手を触れて魔力を流しながら移動してもらう。


「地味に魔力を消費する作業だわ」

「今度食べ放題奢るから頑張ってくれ」

「……なんで食べ放題限定なのよ」


 そりゃ、大食いキャラに奢ったら破産しかねないからに決まってるだろ。食べ放題なら好きなだけ食べてもらっても構わないしな。


「ほほぅ、食べ放題とは魅力的な響きじゃのぅ。儂は肉が食べたいのじゃ」

「おにぃ、私はケーキがいい」

「お前らには奢るなんて言ってないからな?」


 なんて会話をしつつも周囲を警戒しながら歩く。最近モンスターの駆除が行われたということもあって、ダンジョン内にはモンスターの気配がほとんどなかった。たまに気配を感じはしたが、こっちを襲ってくる様子はない。この分なら安全にヒヒイロカネを探せそうだ。


 職員さんから貰った地図を頼りにダンジョンを進み、最短ルートで最奥を目指したところ30分ほどで到着した。モンスターとの戦闘がなかったこともあるが、ダンジョン自体が狭かった。新宿ダンジョンの下層の半分くらいだろうか。


 最奥に着いても同様に、新野に壁へ魔力を流し込んでもらう。職員さんが言っていた通りに見つかってくれると良いのだが……。これで掘りつくされていたら骨折り損のくたびれ儲けだ。


 しばらく新野の作業を見つめ続け、やがて、


「あったわ!」


 壁の一部が淡い光を放った。明らかに新野の魔力に反応している光はヒヒイロカネで間違いない。しかも、光っている範囲はかなり広い。


「よし、これだけあれば……」


 言いかけて、気づく。光っている範囲、徐々に広がってないか?


「な、何か様子が変じゃぞ?」


 魔力に反応して光る範囲がひび割れのように広がっている。それは壁の一面だけにとどまらず、地面や天井、反対側の壁まで至り、やがてゴゴゴゴゴと地響きのような音がダンジョンに響き渡り始めた。


「な、なにをやったんじゃお主!?」

「し、知らないわよっ! あたしは魔力を流し込んだだけで……っ!」


 魔力を壁に流し込んでヒヒイロカネを探す手法は、おそらくこれまでも使われてきた。それが今回に限ってこの状況を生み出しているのだとすれば。


 まさか、魔王の魔力に反応しているのか……!?


 ひび割れは亀裂になって、ダンジョンが崩れ始めている。ここに居るのは危険だ!


「おにぃ!」


 俺は傍にいた小春を抱き寄せて叫んだ。


「すぐに逃げるぞ! ここに居たら崩落に巻き込まれるっ!」


 急いで来た道を引き返そうと一歩目を踏み出したその直後だった。


 ぐらりと足元が揺れ、体が宙に投げ出される。俺と小春が立っていた地点の床が崩れたのだ。


「土ノ日っ!」

「来るなっ!」


 こっちに手を伸ばそうとする新野に向かって咄嗟に叫ぶ。


 俺は小春の体を抱きしめたまま、遠くに聞こえる水飛沫の音を聞きながら闇の中へと落下していった。




〈作者コメント〉

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