第五話の9

 レッドカイザーをエーテルを操作し、無駄だと分かりながらもアキを蝕むエーテルを上位世界へ帰そうとした。こうなれば取れる手段は限られているが、レッドカイザーはその手を使うのを嫌った。ダメで元々だと、自分の意識に隠すように置いてみる。エーテルや意識に形などないし空間的な奥行きもないから、そのような試みは不可能なはずだったが、レッドカイザーは兎にも角にもアキを正気に戻そうと躍起になっていた。

『アキ! すまないが私は手を抜くつもりはない。エーテルの出力は下げないし、したがって敗北はあり得ない! これがどういう意味か分かるか。この戦いは一時間でも、一日でも、一週間でも、一年でも続く! 分かっているだろうが、不朽不滅の概念であるエーテルと融合している限り、君は飢えないし休眠も必要ない。君は決して死なない! その上で聞こう』

『そんなことしようもんならユイが!』

『この怪獣を倒してユイを、君の手で救いに行くか、ユイがどこの誰とも分からない人間の手駒になるのを良しとするかだ。選べ、アキ!』

 アキは言葉に詰まった。

 レッドカイザーはそれ以上何も言わない。

 爆音が響き、威力あるエーテルが絶え間なく叩きつける中で、アキは考えた。レッドカイザーは譲らない。エーテルの制御などアキの努力ではどうにもならない部分だ。そして一年と言わず三日でも、ユイの身にかかる危険は計り知れない。これまでの戦闘で最も交戦時間が長かったのは三日だった。

 現界を解くのもアキにはできない。

 ユイを救う手はない。

 体が震えていた。敵の攻撃を浴びているからではない。力漲る体の遥か奥底から湧き上がってくる奇妙な寒さが、身震いをさせる。

 視野が狭くなって、狭窄する意識をなんとかぽつぽつと思考が通り抜ける。純然たる事実がいくつか並び、アキは自分が取りたいと思える選択肢が存在しないことをようやく知った。

 残された道は一つしかない。




 怪獣教幹部の男は部下の男からの報告を聞いて、満足げに微笑んだ。暗い部屋にいる九人の部下へ命じる。

「町を出る。彼女も一緒だ」

 二人の女性教団員に立たされて、彼らと共に部屋の外に出る。ユイは大人しく従うが、万一暴れ出しても平気なようにすぐ背後に二人の屈強な男がついている。最後に部屋から出てきた一人は、床に置いてあったろうそくの火を消しケースのようなものに詰めていた。怪獣の残骸である土砂などが含められたろうそくなのだろうと、ユイは察した。

 アキがバカなことを考えていなければいいがと思いながら、エレベーターに乗り、エントランスへ出る。体の大きな男がボディガード然として先導し、そのすぐ後ろに幹部の男、その左右に一人ずつ男がいて、幹部の背後に女性が一人ついている。ユイはその後ろで、左右にさりげなく女性教団員が二人ついてその背後に二人の男、そして最後尾に男が一人ついていた。

 幹部の左手側を歩いていた男がフロントに手で何か合図を送った。二人いたフロントスタッフの一人が心得た表情で奥に消える。

 十人とユイが外へ出ると、ちょうど三台の車が車寄せに入ってきたところだった。黒い高級車で、真ん中の車両は形式が違い大きめの作りになっている。

 ユイは真ん中の車両に乗せられ、幹部の男もそうした。車内は広く、ユイの左右に女二人が座っても窮屈に感じない。ユイの正面に向かい合うようなシートがあり、そこに幹部の男と先ほど先頭を歩いていた男が座った。ほか六人はそれぞれ前後の二台の車に乗り込む。

 驚くほど滑らかな加速で車が出てから、男はひじ掛けにあるいくつかのスイッチの一つを押した。ひじ掛けのカバーが開き、冷気が漏れる。護衛の男が中のものを取り出そうとすると、幹部の男は手で制して自分で上等なボトルを取り出した。ボタン操作でひじ掛けのカバーが閉じていき、幹部が栓抜きでコルクを抜く間に、護衛の男はひじ掛けの飛び出た、シートの間の壁を手で開けてグラスを一つ取り出した。

 幹部の男はグラスに発泡酒を注いで、香りを楽しむように回してから一口含んだ。

「素晴らしい日だ。いよいよ怪獣がこの星を平らげるときが来た」

「あなたも死ぬ」

「かもな、だが生き残ることもあるかもしれない。すべては怪獣の心のままだ」

 この男の部下である三人は無表情で、何も言わない。全く同じを考えを持っていて、その思想に心酔している。ユイには顔を見ただけでそれが伺い知れた。ユイの周囲にいた九人は皆そうだ。おそらくはこの幹部の男が側仕えとして重用しているのだろう。考えることはともかく、人を見る目は確かなようだ。

 ユイはこの期に及んで冷静だった。自分の身や、両親のことはどうにでもなると思っていた。たとえ監禁されても、長い時間をかけて確実に信頼を勝ち取り、折を見て抜け出せるだろうとも考えていた。自分の能力なら不可能ではない。心配なのはアキのことだけだ。

 アキはきっと生き残る。レッドカイザーがついているからだ。

 そうして戻ってきて、きっとユイを探すだろう。多くの人を犠牲にして、いよいよ殺人までやってしまうかもしれない。

 万が一、万が一にも怪獣教に自分が殺されることがあろうものなら、アキはこの星を滅ぼしてしまうかもしれない。この幹部の男と側近の九人にそのような気は毛頭ないが、怪獣教とは一枚岩ではない。暴力事件を頻繁に起こす過激派もいる。

 自分を見つけ出しても、アキの暴走はむしろそこから本格化するように思えた。ユイの安全を確保したうえで一面を火の海に変える。

 アキは必ず来るとして、それを避ける方法を考えなければならない。彼に暴力を振るわせない方法を……。

 男がまた一口金色の発泡酒を含んだ時だった。

 車両が何かを踏んだように上下する。ほんのわずかな違和感だった。幹部の横に座っていた護衛が途端異国語で騒ぎ出し、ジャケットの襟をめくって何かを怒鳴りつけた。それまで快適に走っていた車体に小刻みな振動が発生する。

「ばかな」

 幹部の男が異国語でそう言ったのをユイは聞き取った。

 並んで走る三台の前方に、四台の車両が右の角から飛び出てきて進路を阻む。

 警察車両だ。

 怪獣教の車列の背後には、一般車両が四台やはり後退を防ぐように横に連なった。

 前方の車両は速度を上げて強引に突破しようとしたが、十分な加速を得られなかった。タイヤが潰されていたのだ。走行中の車両のタイヤに裂傷を与える、特殊なスパイクを先ほど踏んでしまっていた。

 先頭車両は横腹を見せて並ぶ警察車両の間を狙って進んだが、潰れたタイヤでは細かい進路の調整もできない。横を向いた車両の後部に激突し、そのまま停止した。ユイの乗った車も止まり、三台目もなんとか停止する。

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