第一話 レッドカイザー、現界

第一話の1

 小学校の校庭は子供たちで溢れかえっていて、遊びに熱中する声は興奮が勝って叫び声や悲鳴にも聞こえる。小さな影が絶え間なく行きかって、誰かを追いかけたり、誰かから逃げたり、ボールを投げたり投げられたりしながら、楽しみを見いだせない授業が始まるまでの休み時間を全身全霊で満喫していた。

 春の陽ざしはだんだんと温もりを増していっている時勢で、暑がりの子供などは既に汗まみれで、それでも休む間を惜しんで動き回っている。

 校舎の中からまた一人走り出てきた。友達のグループがどこで遊んでいるのか、ふらふら歩きながら探していると、何かに躓いて転んでしまう。ひりひりと痛む手を見て、膝を見る。皮は剝けていない、血も出ていない。靴が脱げてしまったことに気付いて振り向くと、上級生が二人、意地の悪そうな顔を彼に向けていた。靴を拾い上げて、「取って見な」とこれ見よがしに見せつけてくる男子は、倒れた少年よりずっと体が大きく見え、隣のもう一人は痩せてはいるが、意地の悪さでは負けを知らないような狡い印象の顔をしている。

「か、返して」

 それでもか細い声でそういうと、相手は不敵な笑みで靴を差し出してくる。わずかに震える足で立ち上がって靴を受け取ろうとすると、ひょいっと手を引く。もう一度取ろうとすると今度は手を高く上げて、背の低い子ではどうしたって取れなくなってしまう。靴を取ろうと手を伸ばして必死に跳ねる下級生に、二人はひっひっと笑い、「ほら、もっとジャンプ!」「あと少し!」「ざんねーんもう一回!もう一回!ははっ」と煽り文句をつける。周囲からの目線も感じて、涙目になりながらもう諦めてしまった方がいいのかもしれないと思い始めた時、誰かが猛スピードで走り寄ってくる音が聞こえた。

 二人の上級生が振り返ったまさにそのタイミングで、乱入者は飛び蹴りを体の大きな法に浴びせて、細い方は相方の倒れるのに巻き込まれて下敷きになる。

 急に現れて脈絡もなく二人に暴力を振るって見せた少年は、少しバランスを崩しながらもなんとか着地する。固く握った両手で決めポーズのようなものを取ると、彼は二人に向かって言った。

「弱い者いじめはダサいぞ!」

「アキ、お前足が!」

「やるか!」 アキと呼ばれた少年が拳を握ったまま目を爛々とさせて二人を見下ろすと、いじめっ子たちはそれ以上何も言わず、何もせずに走り去っていった。アキの背は二人よりも低いが、体に満ちた生命力のようなものは段違いに思え、太陽そのものであるかのように少年には思えた。

「大丈夫?」

「うん……ありがとう、ございます」

 少年は自分の靴を拾ってはき直すと、アキと一緒に校庭の水道まで歩いた。

「あの二人五年生なんだけど、全然大人じゃないんだよな、やること全部子供って感じでさ」

 少年は冷水で手を洗ったり膝に付いた砂を落としながら、アキの話を聞いていた。アキは四年生だった。

「俺ね、ヒーローになりたいんだ、知ってる? 灼熱皇帝レッドカイザー」

「知らないです」

「3年前のアニメだよ? 夕方にやってたやつ、見てないの? もったいなー……。あ、あれは見てるでしょ、日曜の朝にやってるやつ」 

 アキは少年が友達を探すのにまたふらふらと歩きだしたのについていって、ぺらぺらと話し続けた。

「要するにさ、悪いやつをバシッとやっつけたいんだ! だから、いじめっ子とか見たら全部やっつけて回ってんの。身近な人も守れないで世界を救うのなんて無理だって、レッドカイザーも言ってたし。またあいつらとかにちょっかい出されたら俺に言ってよ、すぐ助けに行くから」

 少年が友達の輪に入っていくのを眺めてから、アキは振り返って校舎に戻ろうとした。また一つ、正義の味方に近づけたな――そんな満足げな笑みを浮かべていると、不意に重い何かが体にぶつかった。よろけながら見ると、女子にぶつかられたようだった。活発そうな雰囲気で、大きな目はわずかに赤色をしているように見え、そんな目と正面から向き合ってしまったアキは一瞬、胸が高鳴ったのを感じた。

「ご、ごめんなさい」

「うん、こっちも、ごめん」

 女子は手にボールを持ってすぐに友達のところへと戻っていく。アキはちらちらと様子を見ながら校舎へと戻っていき、上履きに履き替えながら、ふっと香ったシャンプーの匂いなどを思い出していた。かわいい子だったなぁ、と。




 名前を呼ばれてアキは机から立ち上がり、教師からテストの用紙を受け取る。九二点、好成績だがアキにとってはまあまあだ。社会科は苦手で、力も入れていないので仕方がないと自分に言い聞かす。

「君がもう少し暴力を振るうのに躊躇してくれればなぁ」

 若い男の先生はそう言って困ったような顔をした。

「暴力じゃなくて正義!」

 アキの目標は、アニメに登場する超ロボットであるレッドカイザーのように……あるいは、レッドカイザーと共に正義の味方となって悪を挫くことだ。より公正に物事の善悪を判断したり、とんでもない武器を持った犯罪者たちに対しても立ち向かっていけるように自分で武器を作ったりする必要性もいずれ出てくるだろうと考えて、勉強には熱心に取り組んでいる。そのために両親に頼んで塾にまで通わせてもらっていた。

「アキ、何点だった?」

 自分の席に戻るまでに友達に聞かれ、アキはわざとらしく悲しい顔をしてみせる。期待に目を輝かせた友人に自分のテストの得点欄を見せると、彼はそのまま破顔してこの野郎とアキを小突く。机と机の間の狭い通路を、そんなことを何回かしながら通ってみて、他のクラスメイト達も互いに点数を見せ合い始めては親に見せるのが怖いだのと盛り上がり始める。

 喧騒の中で全員分のテストの返却が終わると、教師によって各問題の解説が行われていく。終わったテストの答になど興味のない大半の生徒たちは、居眠りをしたり、他の授業の宿題をやったり、友達とこそこそ話していたりする。アキはと言えば、さっさと自分の誤答箇所の復習を済ませてしまって、宿題も既に終えてしまっているので教室の窓から青い空を眺めていた。窓から離れているアキの席からは校庭を見ることはできないが、教室に静寂が訪れる合間合間に体育の授業で声を張っている教師の声がかすかに聞こえた。

 一日の全ての授業が終わり、ホームルームも終えると、生徒たちはばらばに帰ったり一緒にまとまって帰ろうとしたり、放課後にどこで遊ぶかを友達と相談している様子が見られた。アキは学校に教科書などを置きっぱなしにはせずに、全て持って帰るようにしていた。特別、スポーツをやっていないからと、足腰を鍛えるたしになればと思ってのことだ。ランドセルに荷物を積めていると、男子三人ほどが寄ってくる。

「アキ、今日うち来れるか?」

「こいつエルマの伝説の新作買ったんだぜ!」

「マジで! いいなあ!」

 魅力的に聞こえる提案にアキは一瞬身を乗り出して見せるが、すぐに残念そうな顔をして見せる。

「今日は塾なんだよなー」

「だから言ったじゃんアキ今日塾だって」

「えーなんだよもう、せっかく足治ったのに」

「明日行くよ、明日は行っていいの?」

「帰ったらかーちゃんに聞いてみる」

「かーちゃんじゃなくてママだろー?」

「お前家に入れないからな!」

 顔を赤くしながら肩を小突く友達に、アキともう一人も煽り文句を垂れる。すぐに教室の中で追いかけっこが始まり、人の少なくなりつつある空間につかの間の活気をもたらす。それがいつの間にか鬼ごっこのような遊びになってしまうと、アキは早々に友達を捕まえてランドセルを背負う。

「じゃあ!」

 一抜けしたアキに他の三人も続こうとした、その時だった。

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