世界が夜を越えても

靴下

プロローグ

「はぁ…」

今日何度目か分からないため息を吐き出す。もし幸せが逃げるなんて話が本当なら、そろそろ交通事故にでも巻き込まれそうだ。そんな不謹慎な妄想と缶コーヒーをぶら下げて人気のない暗い帰り道を歩く。

今夜は満月らしいが、一ヶ月に1回現れるそれに今更何かを思うこともない。


丁度イヤホンに流れるミスチルの「HANABI」がラスサビを迎えようとした時、一件のメッセージを伝える通知音が僕の高揚感を一瞬でかき消す。通知を切っておけばよかったと項垂れながら無駄に明るい携帯のロック画面を開く。

そこにはただ「海に行こう」とだけ書いてあった。

こんな時間に連絡してくる人間なんて僕の友だちリストには一人しかいない。

僕もただ「分かった」とだけ返信をした。彼女の突拍子のない提案ほど決意が固いことは僕が一番理解している。


少し小走りで家に帰ると彼女の車が止まっていた。別に車が好きという訳ではないが、彼女曰くスピッツの「青い車」の曲中に出てくる車のイメージが、この青い1996年式ローバーミニ・クーパー1.3iだったらしい。個人的にはいすゞ・ベレットとかの方がイメージに近かったけどそんなことはどうだっていい。

僕はドアを開けて相変わらず狭い車内に乗り込む。ただでさえ低い車体が沈んで、運転席に座る彼女が呑気に「やっほー」なんて言うから僕もつられて柄にもなく「やっほー」と返してしまう。

「それじゃあ行こっか」


こうして今宵も、眠れぬ僕らの逃避行が始まる。────

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