浴室に沈む蜃気楼

ロセ

呪詛と鉄則

 忘れられない言葉がある。

――フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。

 今から恋人とピクニックに行くのといわんばかりに楽しそうな、鼻歌交じりの声が呪文のような言葉を囁く。

 小さな私は頬にひんやりとした冷たさを感じながらも、マザーグースのようにどこか不思議で気味が悪い言葉を無意識の内に頭の中に刷り込んでいた。あたかもそれが義務であるかのように。小さな私の義務は見事達せられ、高校生に至る今までその言葉はおろか声の調子まで、なんの衰えも見せずに頭の中に保存されていた。

 しかし私よ、その義務はあの時持たなくて良い物だったみたいだよ。だってね、私を誘拐したはずの犯人はどこにも居なくて、これといった要求も今の今までずっと無くって、自作自演じゃないのかなんて周りの人から白い目を向けられちゃう事になるんだから。

「フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット……。誰が犯人なのか、どのように犯罪を成し遂げたのか、何故犯行に至ったのか、か」

 屋上に寝転がって雲の動きを見ていた私はふいに片方の手を空へとかざして、

「わかんないや」

 と不貞腐れてしまった。

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