第2話 初めの一歩
耳をつんざくような発砲音。僅かばかりの閃光と共に、百メートル先に土煙が上がる。
「当たりましたよ! 見ましたか? ハインさん」
「ああ、聞いてた以上だな」
周りにはライフルに数十発の弾丸。それに似つかわしくない可憐な少女が一人。
「次はハインさんの番ですよ」
「…よし、本業だからな。そうやすやすと勝たせるわけにはいかん」
ここはハイデル家、つまりエルムの私有地だ。なぜここで、リーシャと二人で銃を撃っているか。
それは、昨夜の事だ。店で話すようになってからしばらく経ち、お互いの事が少し分かって来た所で一緒に出掛けようという話になった。そこで何をとち狂ったのか知らないが、エルムが射撃を勧めて来た。そして、遂に頭が逝かれたかと思い問い詰めていると、リーシャが異常な興味を示したのだ。なんでもこの国に来る前、父親とよく周辺の森でハンティングをしていたらしい。
「命中してますね。流石です。ハインさん」
「ああ、どうも」
エルミッヒは良い所を見せろと言ってきたが、これでは対等に張り合うのも厳しいではないか。標的が動かないだけマシではあるが。
「リーシャ、こちらの銃はどうだ? 前と感覚が違ったりするのか?」
「いえ、長さもほとんど変わりませんし。ただこの頃撃ってなかったせいで少し重く感じる位です」
普通、初のデートが射撃演習だったりするのだろか。あっ、いやこれはデートでは無くお互いの親睦をだな。
「それとハインさん。寝不足ですか? 目の下にクマが出来てますよ?」
「少しな。仕事が多くてね」
実際、夜の一時まで書類漬けだったのだ。その後ベッドに入ったが、今日のデートが気になって全く寝付け無かった事は伏せておく。
「寝不足で銃を撃つのは危ないですよ? 休んでおいて下さい」
「いや、しかし。せっかく来たわけで。なんなら既に撃ってるしな…」
「怪我したら大変です。もしかして、緊張して寝付けなかったとかじゃ無いですよね?」
なるほど、鋭い。女性に隠し事は難しいとエルムから聞いていたがここまでか。沈黙していると、リーシャが何か察したように溜め息をつく。
「やっぱりそうなんですね? だったら、なおさらです」
「そう…だな。今入ってるので終わりにするよ」
そこから三発撃った所でリーシャに制止される。まだ銃に弾は入っているが、今撃ってはいけないらしい。
「どうした? リーシャ」
「シーッ あそこを見て下さい」
リーシャが指差した方向に目を凝らすと、木々の間に一匹の動物が確認出来た。
「あれは…」
それが何かを確認しようとしていると、リーシャが銃を構えて、その動物に狙いをつけている。
「撃つのか?」
「いえ、まだ。こちらに走って来たら撃ちます」
先ほどまでとは打って変わった張り詰めた空気に包まれる。本来、リーシャと私の立場は逆で無ければならないはずだ。しかし、リーシャからは何者にも動じない狩人のような雰囲気が感じられた。そして、私を守っているように見える。
数秒の静寂の後、問題の動物は森林の中に消えて行った。
「ふぅ」
「慣れているのか?」
「いえ、不意の遭遇はやはり慣れません」
リーシャの警戒が解かれ、数分前の柔らかい空気が戻って来る。一気に緊張から解放されたせいか、とてつもない眠気に襲われた。
「そうか。それと…その。少し眠たいな…」
「そうですね。もうお昼ですし、建物に戻りましょうか」
そこまで言うと、リーシャは両手を私の頬に当てる。
「リーシャ? 何をして…」
「お休みなさい、ハインさん」
リーシャの声を聞くや否や、私の意識は遠くなり、視界は暗転していった。
◇
「…さん。ハインさん。起きて下さい」
「…ん? うん…」
どの位寝てしまったのだろうか、横たわっている体に日光が当たっている気配は無く、気温も目が覚める程度には低くなっている。
「起きて下さい。起きないと撃っちゃいますよ?」
「…うう。いや、それは… 困るな…」
しかし、上半身を起こしたく無かった。後頭部にある柔らかい枕のようなものが…。うん?枕?
「って、リーシャ! いったい何を!?」
体に電撃が走り、一瞬の内に飛び起きる。
「何って、膝枕ですよ。建物に戻る前に寝ちゃうんですから、当然です」
確かに、野外で寝てしまったのなら仕方の無い事ではある。外で寝るより、この肉体をリーシャに背負わせる事の方が苦痛だ。もっとも、野外睡眠は快適であったが。
「そっそうか。すまんな…」
「いえ、幸せそうにしているハインさんの顔を見れただけで儲けものです。いつも、どこか力んでいますし」
それはおそらく緊張によるものだ。未だ女性と面と向き合うのには慣れない。
「しかし、もう夕方だ。良かったのか? その… 初めてのそれがこれで…」
自分でも何を言ってるのか分からない。何かこう、問題は無いはずなのに特定の単語を言う事で羞恥を感じる。さらに意識して濁してしまう事でそれが余計に強まってしまった。
「はい! 初デート、とても楽しかったです。ハインさんが格好よくて… 私なんて一発も当たりませんでしたし…」
「おっおう。いやなに。練習だよ。撃ってればその内当たるようになるさ」
そうですね、という返事と共に今日一番の笑顔を見せてくれる。そして、もう日が暮れそうになっていたので家に帰る事になった。
リーシャを店まで送り自分の家の帰路につく。
その間、ハインは背中を見送る二人目の視線に気付く事は無かった。
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