第8話「ゲームも強い幼馴染」


【星野夜空】


「よっしゃぁ‼‼‼ またドン勝ぅ~~‼‼」


「……」


 いやはや、今更だが——この高スペック幼馴染はゲームも強い。というか、強いというよりかは怖いなのかもしれない。


 だって、みんなも想像しただろう? 女の子がゲームをするなら普通、どう森とかスマブラとかももてつとか——もっと可愛いポップなゲームだと、そう思うはずだ。


 しかし、彼女は違う。


 この高スペック幼馴染は、俺の前ではラフで隙のある可愛さを見せてくる。かと言って、学校では皆んなの憧れの的で清楚な委員長であり次期生徒会長という真面目さ。


 そんな高次元の存在ともいえるレベルの違う君塚森香のやっているゲームは模擬戦争ゲームだったのだ。


 二組に分かれ、敵地のポイントを奪うという見た目凄く単純なゲームのはずなのだが戦術面でも技術面でも相当うまくないと攻略できない高難易度なゲームでもある。


 まるで本物の戦争をやっているかのような彼女の表情に、俺は隣でコントーラーを手放してしまっていた。


 これはもう、徴兵されたら彼女が下級将校にでもなった方がいいまである。


 ちな俺は——きっと、下士官止まりだろうが。


「いやぁ~~今日も4回やっちゃったよぉ!」


「やけに楽しそうだな……」


「いやだって、空の家でやるゲームは格別やん? なんかすっごいやる気も出るしね!」


「応援するがちょっと怖いぞ……」


 好きな人、恋をした相手ではあるが——ゲームにここまで本気になる彼女は凄いが恐怖だ。


 ここまで来ると、先の発言を訂正したい。将校ではなく、上等兵あたりで戦場の悪魔と化した方がいいかもしれん。


「えぇ~~むぅ、それは……ん、ひどい」


「ひどいも何もなぁ、こうもっと可愛いゲームをしているとばかり……」


「あれ、私ゲーム結構するって言わなかったっけ?」


「知らないよ……てか、ゲームも強いとかチートじゃないか?」


「あれれ……そうかな?」


「ほんと、凄すぎてちびっちゃうよ」


「あらまぁ……お姉ちゃんの前でおもらししちゃうなんて、そら君もまだまででちゅねぇ~~」


 こやつ、急に表情変えやがって。


 俺がお姉さんもののそういうやつが好きなの知ってるのか? 

 

 まあ、巨乳で清楚で眼鏡もたまにつける――そんな幼馴染の属性が大抵当てはまっているし、そんな彼女に好意を向けている俺が言えた話でもないか。


「俺の方が先輩だ!」


 何せ、俺の方が生まれは先だしな。


「ぐへ~~つまんないなぁ、空ってお姉さん好きじゃんね、ほらぁ」


 すると、ニヤニヤと笑みを浮かべる彼女。

 後ろにもぞもぞと手をやり、次の瞬間引き抜くと——


「あ——ちょっ――!」


「ほれほれ~~なんだかなぁ、これはぁ~~」


 その手に握られたのは——簡単に言うと、エロ本だ。


 俺の大好きな絵師さん、堤珈琲先生が昨年の冬コミで売った完売続出の冊子。


 そんな至高の一冊をメロンボックスからわざわざ取り寄せてもらい、高校生にとっての大金3000円を支払い、血を吐きながら買った一冊。


 変なことを言うと片手で数えられる宝物のうちの一つだ。


 それを――たとえ何があったとしても誰にも見られてはいけないものが、その手に収まっていた。


 その、小さな、真っ白で、今にでも折れそうな手に収まっていたのだ。


「—————―っ‼‼‼ 返せっ‼‼‼‼」


「やぁだ~~ほれほれぇ、おいでおいで、読んじゃうぞ~~」


「おいやめっ——!」


「ある日、僕は可愛い可愛いギャル姉さんに出会った……」


 軽々しく音読し始める幼馴染。

 恥ずかしくないのか⁉

 お前に人間の心はないのかぁ⁉


 なんていう、どこかの誰かさんが言ったかのような台詞が浮かんでくる。


「おいおいおい‼‼‼ やめろ‼‼」


「あっんあんあんっ——エロ過ぎるお姉さん……おぉ、エッチぃ」


 やめろやめろやめろ‼‼


 好きな人からそんな言葉聞きたくない――というか、喘ぎ声はまじで初めての時に聞きたいんだ‼‼ 


 そう心の中で叫んでも、勿論だが口には出ない。


 頭の中であれこれと呟きながらあたふたと追いかけていると、森香が視界から消える。


「え——」


「ひゃっ――!」


 その刹那、小さな悲鳴が俺の斜め下あたりから聞こえると——次の瞬間、何かが足に引っ掛かった。


「うぁっ」


 思考が瞬時に遅くなる現象がこの瞬間に起こっていた。

 そう、あれだ。

 走馬灯を感じるときの時間が遅く進む現象だ。


 視界が反転する。


 いや、むしろ真っ暗に近づいてくる。


 ——————バタンッ!


 そんな音が響くと、まさに——ラブコメが始まった。








 ような、気がした。








「————ぁ」


 小さな声が聞こえる。


 まさに寸前の距離、まさに唇と唇が重なる距離に俺と森香の顔はあったのだ。


 息と息が互いに打ち消し合い、森香の柔軟剤のいい香りが俺の鼻腔を焚きつける。


「ひ、ひ、ひ……」


 ボっと顔が赤くなる彼女。


 心なしか、俺も顔が一気に熱くなるのを感じるがすぐには動けなかった。


 まるで女の子を押し倒すように手をついて、最近の言葉で分かりやすく言うなら床ドン。


 唇がぷくりと赤みを帯びて、目を逸らしながらも抵抗しようとしない彼女に俺はどうにかなりそうだ。


 心の奥底で誰かが囁いている。


 今抱き着いてキスするんだ。彼女はお前のものになる。幼馴染で優しい、それに清楚だ。抵抗もしてないと見た、最高に興奮するだろう? ほら、してしまえよ、ほらぁ。


「……ひょ、ひょら、ひょらくんっ……」


 言い捨てられる、呟かれる噛みまくった名前。


 これ以上に興奮することはない、むしろおっぱいに並ぶ‼‼ そんな過激派でもある俺は——今にでも鼻血が出てしまいそうでならない。


「m、……も、もりk、か……」


 思わず名前を出してしまった。


 してしまうのか、やってしまうのか? このまま食っちゃうのか⁉


 そんな想像さえ、頭に浮かぶ。


 ヤバい、ヤバい、ヤバい。


 初恋の相手をこうも近い距離で見たことはない。ましては高校生だ。巨乳なおっぱいが俺の胸に当たりそうで当たらないのももどかしいまである。


 男子高校生には厳しい状況。


 自我を保つことすら難しい、力むことをやめれば一瞬で負けてしまいそうだ。


 しかし——俺は、自らの太ももを大きく叩いた。


「——へ」


「ご、ごめん……森香、た、倒しちゃって……」


「あっ……いや、なんでも」


「ごめん……」


「いや、全然……」


 ゆっくりと起き上がり、お互いに背中を向ける。


 顔も見れないが——どう思われているのかが怖い。


 結局、その後は何もできず――無言でご飯を食べて、家まで送り、終わったのだった。


 気のせいなのかは分からないが、最後何か言っていた気もする。


 にしても、俺は何をしてるんだ、まったく。







【君塚森香】



「ヘタレ……」


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